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<title>哀しみのアポトーシス　(*￣o￣)σ</title>
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<description>小説とお馬鹿な雑文でふ…(-｡ -; )</description>
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<item rdf:about="http://amasita123.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_da8a.html">
<title>殿中でござ～る♪　</title>
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<description>その日、ワシは職場で大量の下血をいたしやした。 そりゃもうビックラこくほどの下血...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;その日、ワシは職場で大量の下血をいたしやした。&lt;br /&gt;そりゃもうビックラこくほどの下血でして、便器が真っ赤に染まるほど...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いや～、あせりましたよ。思わず（おりょ？　もしかして、ワシこの歳で&lt;br /&gt;ようやく生理が始まってしまったのかしらん？）って考えてしまいましたもん。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まぁ、オナゴとして「第二の人生」をおくるってのも悪くはなかったんすけど、&lt;br /&gt;とりあえず病院に直行した訳ですわ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（ここからは医師とワシとの会話でふ）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「え～、amasitaさんはお酒はけっこう飲まれる方ですか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「はい、飲むときには死ぬほどに...」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「では、おタバコは？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「中学からずっとピース吸ってまふ...」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「睡眠時間とかは割りと不規則な方ですか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「えぇ、力いっぱい不規則でふ...」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ん～ん、痔の可能性もあるので、ちょっと調べてみますね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「痔...　痔っすか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「はい、じゃ、そこに横になって下さい」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「...」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;医師はおもむろにゴム手をはめ、なにやらクリームのようなものを指先に...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（くっそ～ぉ！　ホモおやじからも守り通したワシの凹の純潔が&lt;br /&gt;　こんな形で破られてしまうんか...　情けない...）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ワシは悔しさを噛み殺しておりやした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あのですね...amasitaさん、そんなに力まれると調べられないので...&lt;br /&gt;　え～っと、それじゃ、「は～ぁ」っと声に出しながらゆ～っくり息を吐いていただけますか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「声っすか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうです。はい、息を吸って～ぇ。はい、ゆっくり吐いて～ぇ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「は～ぁ～ぁ～ぁ～　アー♪」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;説明しよう。　この最後の「アー♪」の部分である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これはまさにワシの凹に医師の指が挿入された瞬間である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その瞬間、ワシの声の高さが１オクターブ上がったのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ワシのしゃがれた声がその瞬間だけはオペラ歌手に変身したのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「はりつめた～ぁ♪」と歌う宮崎アニメの声に変わったのある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その時、ワシは女性の気持ちが少しだけ理解できたような気がいたしやした...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ん～ん、amasitaさん、どうやら痔ではないようですね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あらっ、そうなの？（って、なんで女口調やねん！）」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「明日もう一度検査してみましょう。今晩から食事は抜いておいて下さい」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あんの～　それって、もしかして直腸癌の検査っすか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「えぇ、そうです。お話をうかがったところ、下血の量から考えてその可能性もありますから...　でも、必要以上にご心配することはないですよ。可能性があるというだけですからね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あんの～　確か若いと癌の場合、進行もはやいんすよね？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「確かにそうですが、そんなに心配することはないですから」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あんの～　直腸癌でも死ぬことはありますよね？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「まぁ、進行がかなり進んでいる場合は...　でも、本当にそんなに&lt;br /&gt;　心配しないで下さい。単なる検査ですから」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;告白しよう。　実はワシは「生きる」ことにどうしても&lt;br /&gt;人並みの執着心が持てない精神的に奇形の人間なのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（人様に迷惑かけてまで自殺するほどの理由がない）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただそれだけの理由で日々を生きてきたお馬鹿な奴なのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だが、そんなワシではあったのだが、実は少しだけ自分に&lt;br /&gt;期待をしていたことがあった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それは...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もしも、自分が何らかの理由で余命わずかの癌宣告を受けたとき&lt;br /&gt;もしかすると、自分は慌てふためき（死にたくないよ～！）と&lt;br /&gt;必死になるんじゃないか...　こんなワシでも人並みに「生きる」ことに&lt;br /&gt;執着するんじゃないか...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんな風にワシは自分自身に期待をしていたのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところがだ...　そのワシの期待はみごとに打ち砕かれてしまったのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いくら待っても（死にたくないよ～！）の声が自分の内側から聞こえて来ないのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それどころか不謹慎なことにワシの中にはこらえ切れないほどの&lt;br /&gt;可笑しさがこみ上げて来たのだ...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その日、病院を出るとワシはニタニタしながら家路に向かった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（ワシ、まだ若いじゃん！　ってこたぁ　癌の進行も早いじゃん！&lt;br /&gt;　あいや～　まいたね～　ワシ、死んじゃうかも～♪&lt;br /&gt;　あんだけ大量に下血したってことは、もう手遅れかも～♪&lt;br /&gt;　いや～ん♪　ワシ、マジで死んじゃうかも～♪）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;思わずスキップしたくなるような気分で...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あぁ、馬鹿だ...　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ワシって奴は、なんでこんなに馬鹿なんだ...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だが...　そんな不謹慎なことをやっているとバチが当たるんすよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;本当に「もんの凄い」バチが当たるんす。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ってか、当たったんすけど...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その日の病院は患者たちでごった返しておりやした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;奇妙な形に簡素化された診察服に着替えさせられたワシは&lt;br /&gt;若く可愛らしい看護婦さんに誘導され、おかしな診察台に&lt;br /&gt;乗せられた訳でふ...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「amasitaさん、昨夜からお食事はとっていらっしゃらない&lt;br /&gt;　ですよね？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;医師が尋ねました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「へい、言われた通り食事も酒も飲んでおりやせん！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　（本当はタバコは普通に吸ってたんすけど...）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「はい、それじゃ、これから少しバリウムを注入しますね。&lt;br /&gt;　お腹が張って多少辛いかも知れませんが、少しだけ&lt;br /&gt;　我慢してくださいね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「注入？　あんの～、飲むんじゃなくて注入っすか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうですね。はい、そこに横になってくださいね～」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（あぁ、そういうことね...　ワシの凹は昨日に続いて&lt;br /&gt;　今日もアンタに奪われてしまう訳ね...　って、オイ！&lt;br /&gt;　そんなぶっといのを入れるんかい！）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;医師の手に握られていたのは（アンタ、そりゃ水鉄砲&lt;br /&gt;やろがいっ！）と、思わずツッコミを入れたくなるよ&lt;br /&gt;うな巨大な注射器...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ワシは思わず目をそむけてしまいやした...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「大丈夫ですか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;若い看護婦が心配そうな声で尋ねます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あっ、大丈夫っす...」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（大丈夫な訳ないじゃろがい！若いオナゴの前で&lt;br /&gt;　凹に水鉄砲ぶち込まれるってのに...　アー♪）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;＊　この「アー♪」の説明省略...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ちょっと我慢して下さいね～」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「へっ、へい...　ウゴッ！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（なんか入って来たで～ぇ！うわぁ～！腹が...&lt;br /&gt;　ワシの腹が...　膨らんでる...　すんげ～ぇ！）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「辛いかも知れませんけど、頑張って！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;別の看護婦がワシの肩をつかみながら言いました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（辛いかも？　かも？　かもじゃネーっつの！&lt;br /&gt;　こりゃ、マジで辛いってばよ！）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;貴方がショッピングの途中で強烈な「下痢」に襲われた&lt;br /&gt;としよう。当然、貴方はトイレを探す。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だが、貴方の近くにはトイレが見当たらない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;２階のフロアーも、くまなく探したがトイレは無い...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;３階...　４階...　あぁ、もう限界だ...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;５階...　ダメだ！　出る！　出ちゃう！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;６階...　あっ！　あった！　トイレがあった！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;貴方は必死でトイレに駆け込み便座に座る。&lt;br /&gt;だが、そこでもしもこう言われたらどうだろう...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「は～い、我慢してね～ぇ！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そのときのワシの状況は、まさにそんな感じ&lt;br /&gt;だったのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「先生っ...　ヤバイっす...　マジで...　ヤバイっす！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うんうん、わかりますよ～　でも、ここでもう少し&lt;br /&gt;　頑張って下さいね～　もうちょっとで注入が&lt;br /&gt;　終わりますからね～」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「アゲブッ！グギョゲッ！ギギャゴッ！グゴガッォッ！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　（もはや意味不明な言葉しか発せられないワシ...）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ワシの腹は臨月を迎えた妊婦のようにパンパンに&lt;br /&gt;膨れ上がり、今にもはちきれそうでふ...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「頑張って下さい」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;若い看護婦が耳元で囁きます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「もう少しですからね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もう一人の看護婦が肩をつかみながら声をかけます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（もう、ダメ～！　もう、限界でふ！　産まれる～ぅ！&lt;br /&gt;　　産まれちゃう～ぅ！！　出ちゃうってばよ～ぉ！！！）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「は～い、よく頑張りましたね。注入終わりましたよ～」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（鬼っ！　悪魔っ！　サディストっ！　テメーは人間じゃねぇ！）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ワシは医師のその冷静な声に激怒しておりやした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「はい。じゃ、これから検査始めますね～ぇ。　&lt;br /&gt;　台が動きま～す。しっかりつかまってて下さ～い」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（へ？　これから？　動く？　動くってなによ？　わ～ぁぁぁ！）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;台が...　ワシを乗せた台が...　まるでロデオマシーンのように&lt;br /&gt;あっちゃこっちゃに無茶苦茶に動き始めました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（し...　死ぬ...　殺される...）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ワシの身体を羽交い絞めにしながら耳元で看護婦たちが&lt;br /&gt;何か言っています...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だが、もはやその声はワシには届きまへん...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;意識が...　意識が薄れて行きやした...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;殺人ロデオマシーンによる悶絶サドマゾショーがどのくらい&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;続いていたのか、ワシには分かりません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただ、覚えているのは妊婦状態のワシがほとんど逆さ吊りの&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ようになりながら　（これは夢だ...悪い夢だ...）と&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;自分自身に言い聞かせていたということくらいでふ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「は～い、よく頑張りましたね。これで終了しましたよ～。&lt;br /&gt;　amasitaさん、大丈夫ですか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「は...い、なんとか...」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「それじゃ、これから看護婦に従ってトイレまで行って&lt;br /&gt;　お腹のものをすっかり出して下さい」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「は...い...」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ワシは看護婦に支えられロデオマシーンから降りました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして、必死で診察室の中を見渡しました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そうでふ、トイレを探したのでふ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今にも噴出しそうな腹の中の「モノ」を一秒でも早く&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;出してしまいたかったからでふ...　ところが...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;無い...　トイレが...　無い！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;考えてみれば、確かにここは診察室でふ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;診察室にトイレなんぞはない訳で...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「それじゃ、私がトイレまでご一緒しますね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ワシのとなりで若い看護婦が言いました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「だっ...　大丈夫...　一人で行けるっす」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あの...　でも...　これが...」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「へっ？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;見ると彼女の手には長い「管」が握られておりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして、その管を目で追っていくと...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それはつながっておったのでふ...　そう、ワシの凹と...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あっ、そういうことね...　」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「えぇ...　トイレで私が抜きますから」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「抜く...　そですか...　すんまへん...」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ワシは仕方なく若い看護婦と共に診察室を出ることに...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところが...　歩けないんす...　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;少しでも凹の力を抜くと「ドバ～ッ！」っとなりそうで...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ワシは必死で凹に力を込め、小刻みに足を動かしました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その姿はまるで水族館の人気者、あの「ペンギンさん」の&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ようでした...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（ くっそ～！　情けね～ぇ！！）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ワシはペンギン歩きで脂汗をかきながらドアに向かいました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし...　試練はここから始まったのでありまふ...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ここの病院のトイレはあろうことか１階フロアーの隅っこに&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あったのでふ...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;フロアーは診察待ちの人々であふれております。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ワシはその人々の面前を「ペンギンさん」のまま&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;通過せねばならん訳で...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかも、ここで触れておかねばならないことは、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そのときワシが着せられていた診察服の形状なのでありやす。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;前から見れは一見なんの変哲も無い普通の診察服でふ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところがその後ろはなんとも大胆にカットされている訳で...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そうでふ、お尻の部分がまるっと見えるように...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（これじゃまるで「裸エプロン」じゃねーかよ！）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ワシはやり場の無い怒りを抱きつつ、それでいて一瞬たりとも&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;凹の力を緩めることなく、ひたすら前へ前へと向かったのであります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ドアを開けた瞬間、人々の喧騒がワシの耳に飛び込んで来ました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、ワシにそれを恥ずかしがっている余裕などありまへん。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;思い切ってワシはフロアーに足を踏み入れました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ママー、ねぇ、ママー、あの人な～に？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「シッ！　黙ってなさい。マー君！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（そうだ、マー君。黙っていなさい...）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「だってママ、あの人　変な歩き方してるよー」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いいから黙ってなさい！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（マー君、それ以上なにも言うな...）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あれ～？　あの人、お尻...うぐっ！）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;母親は慌ててわが子の口を塞いだのであります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いつの間にか喧騒が止んでおりやした...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;人々は皆、ペンギンから同じように顔を背け、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それでいてしっかりと視界の片隅でペンギンを&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;凝視しつつ、それが通過するのを待っておりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;通路の人々は一斉に道を開け、それはまるで殿様が&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;腰元を従えてゆっくりと松の廊下を歩いているよう&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;でした...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（ 殿中でござる～ぅ！　殿中でござる～ぅ！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　 皆の者、控えおろ～ぉ！）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ケツを丸出しにし、凹からシッポをはやした&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「殿様ペンギン」は、ゆっくりと...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いや、正確にはピコピコと、通路を歩いて&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;渡ったのでありました...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（その後、トイレにおいて起こった出来事は&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あまりにもグロイゆえ、ここではカットいたしやす...）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;えっ？　検査の結果ですか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それが...　なんのこた～ない、結局は不摂生な&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;生活と日常のストレスによる下血だったんす。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それからというもの、ワシはこれまでの自堕落な&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;生活と過度の飲酒喫煙をきっぱりと捨て、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;規則正しく健康的に暮らすように...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なるわっきゃないですわな...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;翌日にはいつものグータラ泥酔生活に&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;戻っておったそうな...&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;やれやれ...　メデタシ・メデタシ...　(-。-;)&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>amasita</dc:creator>
<dc:date>2008-03-25T21:46:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://amasita123.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_9daa.html">
<title>「奇妙な果実」が流れる夜に　</title>
<link>http://amasita123.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_9daa.html</link>
<description>　その日、高校時代の同窓会に出席した松雪は、２０年ぶりに会う級友たちの顔を見なが...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　その日、高校時代の同窓会に出席した松雪は、２０年ぶりに会う級友たちの顔を見ながら&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 自分が彼らから逸脱した時間の中で暮らしていた事を否応無く実感させられていた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 実のところ松雪は高校三年の記憶があまり定かではなく、自分が机を並べていた級友たちに関しては、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 名前はもちろん当時の彼らの顔さえもほとんど覚えてはいなかった。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 松雪が送られて来たこの同窓会の招待状に『出席』の記入をした理由には、漠然としたノスタルジーに駆られた事に加えて、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 自分の現住所を誰が調べたのかの知りたかった点と、さらにもう一つの目的があった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; それは、結末を知ること無く放置してきた、若き日の『二人の友』の消息を確かめたいという思いからだ。&lt;br /&gt;　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; ２０年という長い時の経過の中で、彼は多くの人々と出会い、そして別れた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; しかし、彼にとって真に『友』と呼べる人間は、その二人以外には存在しなかったようにも思えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　当時の松雪は自分を取り巻く得体の知れない違和感の中から逃げ出そうともがいていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 否、『逃げ出す』という表現が適切なものだと言い切る事は出来ない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　『解放』を希求する者たちの『逃避』には、単なる否定的な意味合いだけが含まれている訳では無いからだ。&lt;br /&gt; （もちろん、そこに『絶望』という感情が同居していようとも）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪が押し出された場所には『社会』が今も高々と掲げているあの『根拠のない希望』というものの姿は見受けられなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そして、その場所で彼が見つけたものは、傷つきながら震えている小さな『二つの影』だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 今にも消え入りそうなその二つの影たちは、悲しいまでの優しさで、互いの肩を抱き合い必死で呼吸を繰り返していた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『西尾』と『玲子』、それがその二人だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「松雪、お前が来てくれるとは思わなかったよ。お前変わらないなぁ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; さぁ入れよ、もう始まってるんだ。おい、みんな松雪が来たぞ！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　幹事らしき人物に招き入れられ、彼は宴会の席についた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 何人かが松雪に酒を注ぎ、何人かが彼との思い出を語ってくれた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そのうちの幾つかを松雪は何となく思い出す事が出来たが、大部分は『私の知らない世界』の話だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　一人一人のスピーチが始まると、松雪は話している人物と誰かが持って来ていた卒業アルバムとを辞書のようにして照らし合わせ、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 空っぽの記憶の中から何かを引き出そうと、その場限りの空しい試みを繰り返していた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「随分、苦労しているみたいね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　背後から懐かしい声が聞こえた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt; それは松雪の心の奥で厳重に鍵をかけられたまま封じ込められていた声だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あっ、やぁ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　動揺を悟られぬように彼は出来るだけ落ち着いた声の調子を作った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「まさか貴方がこんなところに顔出すとは思わなかったわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼には自分の耳に聞こえているその声が、まるで遠い記憶の彼方から発せられているような気がした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あの幹事にも同じことを言われたよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　絞り出すように彼は言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうなの？　松井君ね、貴方の消息が分からなくてこれまで随分苦労していたのよ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 貴方が卒業した後、ご家族も引っ越されたでしょう。それで連絡が取れなくて・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪の父親は彼の浪人が決定したのと同時に旭川から美瑛に転勤が決まり、彼の卒業後、家族は美瑛に転居した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は一年間の札幌での浪人生活の後に『内地』の美大に滑り込み、その後も高校時代の連中とは一切連絡を取ってはいなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あの幹事、『松井』って言うんだ。これがそうか・・・何となく覚えている気もする」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はアルバムの中にその人物を見つけて言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「やだなぁ、松井君は級長だったのよ。やっぱり貴方当時のこと全然覚えていないのね。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; まぁ、無理も無いか、ほとんど酔っているか眠っているかのどちらかだったものね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は皮肉っぽい笑みを浮かべてそう言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「多分、その為だとは思うんだけど、俺さ、この時期の教室の中での記憶がほとんど無いんだ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 教室以外の出来事なんかは割りと思い出せるんだけどね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「貴方は覚えていないかも知れないけれど、クラスの皆にとって貴方はどうやら一番印象深い人物だったみたいよ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 五年に一度のこの同窓会で貴方の事が話題に上らなかった事は一度も無かったもの」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ふーん・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「だって、毎日学校にウイスキーの小瓶と、うがい薬の瓶を持って来る人なんて見たことも聞いたことも無いじゃない」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　当時の松雪は確かに荒れていて、休み時間になると酒を飲んでは、うがい薬でアルコールの匂いを消していた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「無茶苦茶だったもんなぁ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼は照れ臭そうに頭を掻いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そう、確かにね・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言った玲子の声には優しさが込められていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はその日の同窓会を彼女のおかげで何とか持ちこたえる事が出来た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして皆は二次会へと流れて行き、彼らと別れた松雪と玲子は、当時二人がよく通っていたジャズ喫茶に向かって歩いていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「貴方、旭川は何年ぶり？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪の横で白い息を吐きながら彼女が聞いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「卒業してから一度も来ていないからなぁ・・・もう２０年ぶりだね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「この辺もかなり変わったでしょう？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言われて改めて周囲を見渡してみると確かに町並みは変わっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; しかし、経過している時の長さを考えると、町並みの変化は驚嘆に値する程でもなく、むしろ、その事の方に彼は驚いていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「まぁ、そうだね・・・でも、あの店はまだやっているんだ。何か不思議だね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「えぇ。でも、マスターは随分前に別の人に変わっちゃったのよ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それに、あの店も今月いっぱいで閉めちゃうの。あの一帯は今度、立体駐車場になるらしいわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「御時世って奴だな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうね・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　正月だと言うのに歓楽街は暇人で溢れ、寒さで羽毛の膨れ上がったダウンジャケットを着込んだ若者たちが、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 元気な笑い声を上げながら松雪たち二人とすれ違って行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 何台ものタクシーが道路に出来た『わだち』に沿って、まるで連結車両のようにのろのろと移動し、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; ネオンサインは路面のどす黒いアイスバーンに反射して妙になまめかしく輝き続けている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt; （俺はこの街に帰って来たのか・・・）&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 松雪は心の中で小さく呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ジャズ喫茶のあるビルは、取り壊しになるのも何となく理解出来る程に老朽化が進んでいた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; そして、その建物の姿に、松雪は自分の上を駆け抜けて行った２０年という歳月を見せつけられているように感じていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「店の中は変わっていないのかな・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　独り言のように彼は呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「多分、面影はまだ少し残っていると思う。ただ、ジャズはもう流れていないわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　薄暗い階段を降りて行くにしたがって、よどんだ空気が松雪の心をあの時代へと引きずり戻した。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 切ない想いが胸を満たし、それは、ため息となって彼の口から吐き出された。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; しかし、次の瞬間、松雪の目に飛び込んで来たのは、ピンク色に塗り替えられたドアの悲惨な姿だった。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; そして、それと同時に彼の中の郷愁は跡形もなく消し飛んでしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「何処か別の店にしよう」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪のその反応を予知していたかのように、玲子は小さく笑うと、彼のコートを摘まんで今降りて来た階段を再び戻り始めた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「もう、この街の何処を探してもあの頃のような店は見つからないわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼の目の前で玲子の細いふくらはぎが闇を割って顔を覗かせていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうだよな・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼はそのふくらはぎの植物的な曲線を見つめながら呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　階段を登り切った所で彼女は立ち止まり、振り向くと言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「少し歩かない？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　逆光の中、玲子の細い髪が金色に輝いていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うん、そうしよう」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから二人は人波を避けるようにして歩きだした。&lt;br /&gt;　そして、その時点で松雪は初めてゆっくりと玲子の顔を見つめた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　あの頃から比べるとかなり頬の肉が落ちている。それに加えて、化粧のせいか彼女は何処か無気質な感じの女性になっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 確かに美しいことは美しいのだが、それはデパートのマネキン人形の様でもあり、性欲をそそる種類のものでは無かった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「同窓会っていつもあんな感じなの？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はタバコを取り出しながら彼女に尋ねた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうね、今回は貴方が来てくれたから結構良かった方じゃないかしら。前回なんて悲惨だったのよ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 集まったのが８人しかいなくて、それも旭川に残っている人達がほとんどだったから、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; あんまり懐かしさも感じなくて二次会にも行かないうちに終わっちゃったもの。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それもあって今回は幹事の松井君が奮起した訳よ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 正月に里帰りしている連中を無理やり全員集めたって感じだったけど、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 貴方を引っ張り出したんだから彼にとってはそれだけでも大成功だったんじゃないかしら」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言うと玲子は松雪を振り返り、優しくほほ笑んだ。その笑顔の中には高校時代の彼女が確かに残されていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 松雪はそれを見つけて何故か少しホッとした気分になった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「今頃になって、やっと君が玲子だっていう実感が沸いて来たよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あら、それじゃ今までの私は誰だったの」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　大きな瞳が彼を見つめた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「玲子によく似たきれいなお嬢さん・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「嫌だ、『オバサン』の間違いじゃないの？ でも『きれいな』っていう部分は、ちょっとだけ嬉しいわね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　少し大きめの二本の前歯が彼女の口元から顔を覗かせ、松雪は当時、自分が彼女のその前歯を愛していたことを思い出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「貴方は全然変わって無いわ。同窓会でいつも驚かされるのは女性よりもむしろ男の人の方なのよ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; あの頃は長髪だった人が寂しい髪になっていたり、スマートだった人が一変したスタイルになっていたり・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺も最近は腹が出てきたよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「まだまだ大丈夫よ。むしろ今の方が素敵に見えるわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「有り難う。素直に喜ぶことにするよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は、はにかんだ笑みを浮かべた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「貴方が北海道に戻っていて、しかもまだ絵を描いているってことを新聞で知った時は嬉しかったなぁ・・・&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 札幌の時計台ギャラリーで個展を開いたでしょう。あの記事を見つけたの私なのよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あっ、そうなんだ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　話によると、玲子の見つけたその記事を頼りに、松井が松雪の住所を見つけだし今回の同窓会の招待状を送ったということらしかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「どうして俺の今の住所が分かったのか不思議だったんだ。そうか、そういうことだったのか・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そう、犯人は私なのよ。 ごめんなさいね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子はそう言うと少女のように首をすくめた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いや、いいんだ。それより随分手間をかけさせたみたいだから、後から松井君によろしく言っておいてよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「分かったわ、言っておく。 ねぇ、貴方いま絵を描いて生活しているの？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「まさか・・・絵かきで食って行ける程、今の世の中は甘くないよ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 俺、今は私設の資料館で働いているんだ。展示物の補修とか展示室の背景なんかを描いたりしてる」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「素敵な仕事じゃない」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「月給は安いけど好きな絵も描けるし、気が向けば今回みたいに個展なんか開けるくらいだから、きっと悪くない仕事なんだと思うよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ねぇ、お子さんはいるの？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いや、いない」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「でも、結婚はしたんでしょう？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「まぁね・・・でも、結局うまく行かなかったよ。だらしない話さ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はそういうと片方だけの笑みを浮かべた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ごめんなさい・・・いけないこと聞いて」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子の眉間に深い溝が刻まれ、彼女はその後の言葉を失ってしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして、彼女の表情は、次第にまたマネキンの顔に戻っていった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いいんだ、気にしなくても。もう随分昔の話だから・・・&lt;br /&gt;&amp;nbsp; ところで、西尾は元気かい？ 相変わらず彼とは仲良くやってるんだろう？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪のその質問に玲子は少し驚いたように顔を上げ、そして静かに言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「知らなかったのね・・・ 彼、死んだのよ。もう１６年になるわ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その言葉に、今度は松雪が言葉を失ってしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（西尾が死んだ？　あいつが死んだって・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪と西尾とは高校一年の時から剣道部で一緒だった。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 西尾は東神楽という町の農家の次男で、長身で頭も良く運動能力も優れていた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; そんな西尾が今一つ女生徒から人気が無かったのは、極端に彼が無口だった事と、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; その無口の要因でもあるのだが、西尾には生まれつき、ある種の言語障害があったからだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪には西尾の話し方が『言語障害』と呼ばれる部類に入るものなのかどうかが良く分からなかったのだが、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 西尾自身はとにかく自分の吃音の事をそのように言っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は授業中に突然指名されたり、女生徒の前で何か言おうとしたりするような緊張する場面では、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 最初の言葉を口にするまでにかなりの時間を必要とし、実際そのことを理由に入学当時、彼はよくからかわれていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 本人を目の前にしてあからさまに馬鹿にするような者は少なかったが、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 西尾のいないところで彼の真似をして女生徒から笑いをとるような連中は沢山いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　２学期の初め頃、剣道部では三年生の先輩たちが引退し、その日から一年生と二年生を合わせての試合形式の勝ち残り戦が始まった。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 高校に入ってから剣道を始めたという初心者も多い一年生と、みっちり練習を積み重ねている二年生たちとでは&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 当然の事ながら実力においてかなりの差が開いており、一年生部員はいともあっけなく２本を取られ次々と二年に負けて行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そうしたぶざまな一年の負け方を二年たちは笑いながら大喜びで囃し立てた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 二年たちにとって、その日は三年の引退に伴う解放感と、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 一年に対する優越感とを両方いっぺんに味わうことの出来る待ち焦がれていた時の到来でもあった訳だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; しかし、そうした二年たちの喜びの時を、すべてぶち壊してしまった人物がいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; それが松雪だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 一年生部員の最後の一人として試合の順番が回って来た松雪は、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; これまでの練習の時とは全く別人のような動きを見せ、次々と２年を倒していった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 最初、騒ぎ立てていた二年生たちの表情から余裕の笑みが次第に消え失せて行き、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; ついに二年生の最後の一人が松雪に負けると、道場は一瞬にして気まずい静寂に包まれた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そして、張り詰めた雰囲気の中、その日の練習は終了となった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 二年たちは松雪に負けた悔しさをあらわにして部室に入ると、寡黙に着替えを済ませ早々に帰って行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　二年生がいなくなると道場の後片付けをしていた一年生全員は歓喜の声を上げ松雪に近寄り、口々に彼の健闘をたたえ賛辞を送った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 松雪は「まぐれだよ」と照れながら皆に答えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その日、掃除が終わり、道場の鍵を教官室に返しに行く役目の西尾が最後にドアの鍵を閉めている時、珍しく松雪が彼に声を掛けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は入部当時からあまり社交的では無く、三年生の先輩たちの一部と話をする以外は、あまり自分から誰かに近づいて行くような事はしなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「アンタも昨日、柔道部の畳の上で二年の『渡辺』に無理やり歌を歌わされたよな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その声に驚いて西尾は振り返ると、顔を赤らめて言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うん、マ、参ったよ。恥ずかしかったなぁ。確か松雪君は校歌だったよね。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; デ、でも、今日の試合で君は渡辺先輩に勝っただろ、昨日のク、屈辱をはらせて良かったね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　これまで松雪から直接話しかけられた事の無かった西尾は、戸惑いながらもある種の喜びを感じてるようだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺はこの日が来るのを待っていたんだ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 三年生が引退するまで我慢していたのさ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言った松雪の目が異様な光を放っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「えっ、ソ、それどういう意味？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ただならぬ雰囲気に西尾は尋ねた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺、小学生の頃から剣道やってるだろ。それで中学の時には今日引退した今の三年生の先輩たちと一緒に警察道場で練習していたんだ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 高校に入って剣道部に入部したのだって、あの先輩たちにほとんど強制的に入れられたのさ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; でも、あの先輩たちも今日で引退した。つまり、一応俺は義理を果たした訳。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それで本当は今日限りでこの部ともオサラバする予定だったんだ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「えっ、ヤ、辞めちゃうのかい？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は驚いた顔で松雪を見返した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「昨日のアンタを見るまでは本気でそう思ってた・・・ アンタ、あの時よく笑っていられたな。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 皆の前で渡辺の野郎がアンタの事をどれだけ馬鹿にしているか知っているだろう？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は西尾に挑みかかるような視線を送った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「知ってる・・・でも、ボ、僕はうまくしゃべれないし、その事でからかわれるのには昔からナ、慣れてる」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は辛そうに視線を自分の足元に落とした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺は慣れてないんだよ！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪が感情的な声を上げた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あの渡辺の野郎を見てると無償に苛つくんだ！ それにアンタもだ!&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 先輩の命令なら歌ぐらい歌ったっていいさ、そんな事くらい屁でもねぇよ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; だけどな、へらへら笑ってんじゃねぇよ！ あんな奴に必要以上に愛嬌振り撒くことはないだろうが！ 悔しくないのか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪の目が殺気立っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; それに押されたように西尾は小さく呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「悔しいよ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾の顔からゆっくりと赤みが消えて行く。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「だったら渡辺に媚びるのはもう止めろよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　押し殺したしゃがれ声で松雪は言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うん・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まるで叱られた小学生の様に、長身の西尾は肩を落とした。その横顔に向かって松雪は片方の頬に不敵な笑みを作って言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そこでだ。これからしばらく二年との今日みたいな勝ち残りの試合が続くだろ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; だからさ、俺はアンタに渡辺に勝つ方法を教えてやろうと思って残ってたんだけど、どうだい？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ソ、そんな事出来るの？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　目を丸くして西尾は松雪を見返した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺が今日、二年生の奴らに勝ったのはマグレなんかじゃない。その証拠に明日から二年生にずっと勝ち続けてみせるよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪の目がギラギラと輝いていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そして、二人は再び道場に戻ると防具を付けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 松雪の指導は的確で、彼は二年の生徒達の特徴を完璧なまでにすべて把握していた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「これが渡辺の今持っている得意技のすべてだ。そしてアンタは俺が今教えた様にしていれば絶対に奴から一本を取られる事は無いよ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それじゃ、次は攻めを教えるぜ。アンタの今の実力じゃ奴から二本を取るのははっきり言って無理だ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; だから勝つ方法は『一本勝ち』しか無い。それでいいか、終了時間の３０秒前までは今教えた方法でとにかく受けるんだ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; そして、逃げ回れ。時間が来たら俺が竹刀を床に叩きつけて合図する。そしたらこうするんだ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; まず、動きを一切止めて出来るだけ大きな声を出せ。そして、それからゆっくりと『上段』に構えろ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「でも、ボ、僕は上段の構えなんかこれまでに一度もやったこと無いよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾が情けない声を出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いいんだ、これは単なる脅しなんだから。それから奴の目をしっかりと睨みつけるんだ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; あの馬鹿は相手の目さえ見ていればそれで相手のスキを見つけられるってかたくなに信じている奴だから、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 必ずアンタにつられて動きを止める。そして絶対にアンタを睨み返して来る。そうすればこっちのもんだ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; アンタは出来るだけオーバーに驚いた顔をして、思いっきり右を向け、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; そしてそれと同時に素早く左手だけで奴に面を打ち込むんだ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; あの馬鹿は、必ずアンタにつられて視線の方向を見るよ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; つまり、上から振り下ろされるアンタの竹刀は、奴の視線とは逆の方向から伸びて来るから奴には見えないんだ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; これで一本いただきさ。そして、その時、ちょうど制限時間が来る。つまり『一本勝ち』だ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから、西尾は松雪を相手に何度も同じ練習を繰り返した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 西尾が完全にそれを習得し、二人が帰り支度を終えた頃には外は既に真っ暗になっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 帰り道、松雪は西尾の顔を見ずに小さく呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「アンタって本当に素直な奴だな・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　すると、体格とは不釣り合いな優しい声で西尾が言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「松雪君も、シ、親切な人だね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「気持ち悪いからお世辞はいいよ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　自動販売機でコーラを買うと、二人は歩道に座り込んでそれを飲んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 雲一つない夜空に青白い月が偏屈な顔で冷たく光っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺さ、剣道はスポーツなんかじゃないと思ってる。だって、剣道ってジジイでも技さえあれば勝てるだろ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; ジジイが勝てるものなんてスポーツと呼べないよ。俺には剣道はやっぱり殺し合い以外の何物でもないような気がする。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; だから馬鹿みたいに汗流して体力トレーニングやっている今の練習がくだらないと思うんだ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 相手を殺すのに体力なんてそれ程必要じゃないよ。必要なのは『狡さ』と『技量』だけさ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「コ、これからも、それを教えてよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　自分を見つめる西尾の真剣な眼差しを避けながら、松雪は飲み干したコーラの缶を踏み潰して立ち上がった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺に教えられる範囲でならね。でもそれはまず明日アイツに勝ってからだ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　二人は駅に向かって歩きだした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; それが、松雪と西尾が初めて会話を交わした日の出来事だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その翌日、２年の渡辺はみごとに西尾に一本負けをする事になった。そして、松雪は約束通りその日以降も全勝を続けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪の剣道は彼自身が言っていた様に、決してスポーツと呼べるものでは無かった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 松雪は時々、禁止技の『突き』を偶発的な事故を装い相手の喉に突き入れた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それも、面の下に突いているプロテクターを避けて、わざと斜め横から相手の喉を直接突くのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; その訳を松雪は後に西尾にだけそっと教えたことがある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「本当はさ、俺は持久力って奴が無いんだよ。俺の片一方の肺は生まれながらに奇形でな、普通の奴らの半分以下なんだ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; だから俺が『突き』をやる時は自分の体力が限界に来ている時なのさ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は自分に警告が与えられ、呼吸困難で相手が苦しんでいる隙に己の体力の回復を待っていたのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; また、松雪の試合では相手の『面』が頭からすっぽりと取れてしまう事も時折見られた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 剣道では防具の紐がほどけたり、防具が取れたりするのは恥ずかしい行為の一つとみなされている。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それで、相手の面が取れる度に、松雪は苛ついた態度でしゃがんでは相手が面を付けるのをじれったそうに待っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; しかし、それも彼の休息の為のテクニックの一つだった。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 注意深く見ていると、『ツバ競り合い』の際、松雪は相手の竹刀を振り上げるふりをして、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 実は誰にも見つからない仕方で自分の竹刀の柄の部分を相手の面の下に滑り込ませ、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それを一気に上に押し上げて相手の面を引きはがしていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「殺し合いには奇麗も汚いも無い。大切なのは相手に勝つ事だ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は口癖のように何度もそう言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そして、松雪と西尾はそんなふうにしてお互いに技を磨き合い強くなっていった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; ２年たちに吊るし上げを食う事もあったが、結局は試合において常にその仇は取り返した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾にとって松雪とのそうした毎日は本当に楽しく充実した日々だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　やがて二人が二年になる頃には、松雪と西尾は一緒に行動する機会も多くなっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 西尾は松雪の前ではいつもリラックスしており、多少口ごもることはあっても、自然な感じで自分から松雪に話しかける事も出来ていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　二年の後半になり三年が部活を引退すると、剣道部の部長には西尾がなり、松雪は主将となった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 当時、剣道部顧問の木村という教師はとりわけ松雪に期待をかけていた様だったが、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 松雪は（他にやることが無いので取り敢えず続けている）という程度の意気込みしか剣道に対しては持っていなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　高校二年の夏の地区大会が始まる直前に、松雪はその顧問に呼び出された。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 教官室に入ると木村以外には誰もいなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「お前、進路はもう決めているのか」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ソファーでタバコを吸いながら、木村は松雪に尋ねた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いえ、まだ決まっていません」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうか。実は昨日な、大学の知り合いが俺の所に来てな。ほら、お前も見ただろう、昨日、道場に一度顔を出したあの人だ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「はい・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「彼はスカウト専門の人なんだ。 全国の高校の剣道部を見て歩いて有望な生徒を探している。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; お前、あの大学でやってみる気は無いか。お前さえその気なら無試験で入れてくれるそうだ。どうだ、悪い話じゃないだう？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　突然のことに松雪は即答に困り、黙ったまま立ち尽くしていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪の反応に不満の表情を浮かべながら木村は言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「何だ、喜ばないのか？&amp;nbsp; 無試験で大学に入れるんだぞ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 大学入試でヒーコラ言っている今の三年たちの事を考えてみろや、願っても無いチャンスだろうが・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「受験勉強から逃れられるのは、確かに有り難いとは思います。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; でも、俺はまだ剣道だけを続けて行こうとは考えていないんです」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言うと松雪は壁に飾られた何枚もの賞状を何の感情も抱かずに眺めた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「お前なぁ、三年になってからじゃ、もう遅いんだよ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 今のうちから強化合宿に参加していないと無試験で推薦入学なんてさせてもらえんのだぞ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; まぁ、今晩、両親とよく話し合って二三日中には結論を出すんだな。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 地区大会の後には、すぐ強化合宿があるらしいから、俺も早く連絡をせにゃならんのだ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　木村は苛ついた様子でソファーから立ち上がりタバコをもみ消した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その夜、松雪は自分の考えがまとまらないまま、顧問から聞かされたその話をしぶしぶ親たちに伝えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 親たちは松雪の話を聞くと飛び上がらんばかりに喜び、すぐにその話を受け入れるようにと彼に勧めた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「随分簡単なんだな、俺の将来が決まっちまうんだよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ムッとして彼は言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「それじゃ、お前、何をやりたいんだ。何かやりたいことでもあるのか？&lt;br /&gt;&amp;nbsp; はっきりとした目標がないんなら、まず顧問の木村先生の言うことを聞いて、大学に推薦してもらえばいいじゃ無いか。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 剣道を続けてさえいれば大学を出てから体育の教師にだってなれるし、いろんな可能性だって出てくるだろう。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; お前の今の頭で入れる大学なんて無いんだから、こんな有り難い話を棒に振る事は無いだろう。違うか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　父親は紅潮した顔で彼に言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 松雪の父は『高卒』という自分の学歴に以前からコンプレックスのようなものを抱いていた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それ故、息子を大学に行かせることで自分のアイデンティティーのようなものを確立させようと密かに考えていたのかも知れない。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; もちろん息子に対する親としての愛情が根底にあった事も認めなければならないが・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　母親はそんな二人のやり取りをおろおろしながら見守っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「自分のやりたいことは、これから探すよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　吐き捨てるように言い残し、松雪は彼らの前から退散した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　約束の期間が過ぎても松雪は結論を出しかねていた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 顧問の木村は松雪に再三結論を迫り、親たちも必死で、松雪の説得に努めていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そして、松雪の全く知らない所で顧問の木村と松雪の親との間の妙な話し合いが持たれていた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それが分かったのは大会の前日の事だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　練習から疲れ切って帰ると、家では両親が彼を待ち構えていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「明日の大会会場には大学のスカウトの方が来てくださっているから、お前の口からきちんとお願いしておきなさい。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; いいか、これが最後の機会なんだぞ。とにかく今は黙って親の言うことを聞いて、推薦をお願いするんだ。いいな、分かったな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　父親のその言葉に松雪の中の怒りが爆発した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺は推薦は断るよ。行きたかったら実力で入るさ。誰の指図も受けないよ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 大体、何で父さんがそんなことを決めるんだ。いくら親だからってそんな権利はないはずだ！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　父親は彼の胸ぐらを掴むと拳を振り上げた。母親はその腕に必死でしがみつき、松雪に向かって金切り声で叫んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「お父さんに謝りなさい！&amp;nbsp; アンタの為にお父さんがどれだけしてくれていると思ってるの。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; アンタには百万ってお金がどれだけ大変なものなのか分かっていないのよ！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「何だ、その百万って？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は思わず二人の顔を見て聞き返した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 父親は松雪から手を放すと、口を堅く結んでソファーに座り込んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「何なんだよ、百万って？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「アンタは子どもだから何も分かっていないのよ。そんなに楽に推薦なんかしてもらえないのよ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 大学に入るって事はそんなに甘いもんじゃないの。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; でもね、お父さんはアンタを大学に行かせる為にちゃんと蓄えておいてくれているのよ。そのお金があるから心配は要らないの」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「推薦してもらうのにカネがかかるって言うのか？　それじゃ、はっきり言うと・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　父親は震えながら立ち上がると、大声を上げた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「やかましい！ 大人の社会にはお前なんかには分からないルールがあるんだ。 知りもしない癖に偉そうな事を言うな！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はその時、自分がまるで下らないテレビドラマの主人公にでもなっているような気がしていた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; こんな事が実際に自分の身に降りかかって来ようとは夢にも思ってはいなかった。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; しかし、どうやら現実という奴は作り物の話よりもさらに下らないものらしかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「なるほど、そうか・・・&amp;nbsp; 俺は百万であの大学に買っていただけるって訳だ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　翌朝、松雪は私服のままで駅に向かった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 駅では大会会場へ向かう剣道部員たちが彼のことを待ち構えていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 西尾はいち早く松雪の姿を見つけると、急いで彼のところに駆け寄って来た。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それから彼は、私服で手ぶらの松雪に向かって慌てて何かを言おうとした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ド、ド、ド、ド・・・ド、ド・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　焦りが西尾の吃音を誘発し、彼は悔しそうに顔をしかめた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 松雪はそんな彼の肩を軽く叩いて頷いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「悪いな西尾、訳ありで大会に行けなくなったんだ。&amp;nbsp; お前が大会から帰って来たらゆっくり説明するからよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから松雪は西尾の脇を擦り抜けると、顧問の木村の前に立った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺、今日限りで剣道辞めます」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　木村は何も言わず不機嫌そうに松雪を見上げた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 松雪はその顔を思い切り殴りつけたかったのだが、彼はあえて笑みを作った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「先生、いや、木村さん、うちの親は馬鹿だから口が軽いんですよ。カネの話、あれってヤバイんじゃないですか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼はわざといやらしい言い方をしてみせた。&amp;nbsp; 木村の顔色が変わった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「貴様、恩を仇で返しやがって・・・&amp;nbsp; だがな、お前の親が何を言ったか知らんが、カネの事は俺は全く知らないからな。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それだけは良く覚えておけよ。 辞めたいなら勝手に辞めればいい。 俺は一向に構わんさ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　木村は松雪を睨みつけながら押し殺したような声でそう言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そうした松雪と木村とのやり取りを不思議そうに部員たちは見つめていた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; その時、改札が始まるアナウンスが流れ、待合室の人々がごそごそと身支度を始めた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「くだらねぇ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　吐き捨てるようにつぶやいて、松雪は木村に背を向けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; すると彼の直ぐ前には心配そうに見つめる西尾の顔があった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 松雪が苦笑いを作ると、西尾はまた何か言いたそうな表情を浮かべた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「試合、頑張れよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は西尾に軽く手を振って駅を後にした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その日の夕方、西尾は６畳の二階の部屋でぼんやりと今日の試合を反すうしていた。&lt;br /&gt;個人戦準々決勝で当たった相手は確かに強い相手ではあったが普段の自分の実力さえ出し切れていれば負けるような相手ではなかった。&lt;br /&gt;その相手に勝っていれば地区予選の代表者になれたものを、終了まぎわの一瞬の気の緩みが相手にスキを見せる結果となってしまったのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（団体戦で敗退したのは、松雪の抜けた穴があまりに大きかったからだ。それは仕方のないことだ・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　事実、主将の松雪の退部が部員たちに与えた影響は大きく、動揺と不安の中で誰もが今日は浮足立ったような試合を繰り返していた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（しかし、部長としての立場上、自分だけはいい加減な試合は出来なかった。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; だからこそ、それを自分自身に言い聞かせ個人戦を勝ち残り準々決勝まで進んだんだ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; でも最後まで緊張感が持続出来なかった事には、やはり今朝の出来事の影響があったからかも知れない。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それにしても、何故アイツは試合の当日になって退部を申し出たのか・・・&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 木村先生は何も語ろうとはしないが、先生と松雪の間で一体何があったんだ・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そこまで考えると彼は勢いよくベットから跳ね起き、茶の間に降りて受話器を握り締めた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 数回の呼び出し音の後、松雪の母親が電話用の明るい声で返事をした。。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ア、あの、西尾ですが、松雪君いますか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「アラ、西尾君、久しぶりね。 ごめんなさい、あの子今朝早くに出掛けたきりで何処に行ったのかまだ帰って来ないのよ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 今日は確か地区大会だったでしょう。 申し訳無いわね、皆さんにご迷惑かけちゃって・・・本当に何を考えているのか・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ア、あの・・・すみませんが、遅くなってもいいですから、ボ、僕の所に電話するように伝えてもらえませんか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「分かりました。帰ったら言っておくわ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 本当に、今日はごめんなさいね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　学校は夏休み期間に入っていたので、練習で会えない以上は直接松雪の家に押しかける以外は彼に会うことは出来なかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、松雪から電話が来たのは、それから２日後の事だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「悪かったな、連絡遅くなっちまって・・・&amp;nbsp; ちょっと面倒臭いことが色々とあったもんでよ・・・&lt;br /&gt;&amp;nbsp; なぁ、明日さ、練習が終わってからでも会えないか？&amp;nbsp; 電話じゃ話せなくてよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いいよ。&amp;nbsp; 僕、お前んとこ行こうか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いや、家はマズイんだ。&amp;nbsp; 例の店で４時にどうだ？&amp;nbsp; ３時半には練習終わっているだろ？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うん、分かった」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　例の店というのは松雪のお気に入りのジャズ喫茶の事で、松雪と西尾は時々授業をサボってはその店に行き、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; コーヒーを飲みタバコを吸った。店のマスターは寛大な人で、学生服さえ脱いでいれば喫煙を黙認してくれていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　受話器を置いて自分の部屋に戻ると、彼はベットに仰向けになってタバコを吸った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そして、松雪のことを考えていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は子供の頃から吃音の事で苦々しい思いを経験させられ、時には暴力的とも言える程の侮蔑の言葉を浴びせられてきた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そして、『誰かを蔑む事によって自分を高める』といった愚かしい行為は、人間の成長に伴ってその形を変えるだけで、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 結局は何歳になっても彼に付きまとって離れることはなかった。それ故、彼はその種の呪縛からの解放をもはや諦めていた。&lt;br /&gt;　だが、そうした中にあって松雪だけは違っていた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 彼だけは西尾の吃音を一度も笑う事をせず、いつも我慢強く彼の話を聞こうと努めていた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; そして、そんな松雪という人間の影響を西尾は強く受けるようになっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪の言葉は、いつも意表をついた視点から投げかけられ西尾を翻弄させた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 時に反論も試みるのだが、結局最後には松雪の意見の方が正しいように思えて来るのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そして、そうした松雪の言葉によって変わって行く自分の事を西尾は多少喜んでもいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪から電話をもらった翌日、西尾は約束の時間丁度にジャズ喫茶のドアを開けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 松雪の指定席のようになっている一番奥の目立たないボックス席で、彼はタバコをくゆらせながら、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; つまらなそうな顔でバイク雑誌をめくっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 西尾はマスターに軽く会釈をすると、学生服を脱いでスポーツバックにしまい込んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「随分待った？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いや、暇だから早くから来ていただけだ。&amp;nbsp; 試合、どうだった？　勝ったか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ダ、駄目だ。&amp;nbsp; ダ、団体は二回戦で負けたし、個人戦は準々決勝でアウトだ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうか・・・悪かったな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はすまなそうに言うと視線を落とした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「何があったんだ？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は苦笑いを浮かべて、顧問と親との一件をかい摘まんで説明した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「まぁ、辞めるのにいいきっかけになったよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言って彼は天井に向かって煙を吹き出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 西尾は顧問の木村に対して幻滅と憤りを覚え、強く唇を噛んだ。彼のその表情を見ると松雪がすかさず言葉を続けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「お前には関係のないことだ。&amp;nbsp; 木村みたいな奴の事は無視して、お前の好きなやり方で剣道をやってりゃいいさ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 第一、お前は『部長さん』なんだからよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「まぁ、確かにそうだけどさ・・・でも、松雪、お前はド、どうするんだ？　剣道辞めて何かやりたいことあるのか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はタバコをもみ消しながら舌打ちをした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ちっ、親父と同じこと言いやがって・・・&amp;nbsp; やりたいことはこれから見つけるさ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから、彼はバイク雑誌を放り投げると、カウンターのマスターに向かって叫んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ネェ、『MＪＱ』なんてもういいからさぁ、『マイルス』と『モンク』が演ってる『ラウンド・ミッドナイト』聴かせてよ！」&lt;br /&gt;　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　夏休みが終わり、三学期になった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 西尾は松雪のいなくなった淋しさを練習に打ち込むことで紛らわそうと必死になっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; しかし、彼にとって松雪のいない剣道部は今や以前ほどの魅力のある場所ではなくなっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; だが、丁度その頃、西尾の心に開いた松雪の抜けた穴を埋めてくれる人間が現れた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; それが『玲子』だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は父親の転勤に伴って、三学期の始業式の日に苫小牧の高校から西尾のクラスに編入して来た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 彼女の病的とも思える程の白い肌と、魅力的に輝く大きな瞳にクラスの男どもは一斉に色めき立った。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; そして、様々な部が彼女の争奪に熱を上げ、休み時間や放課後には、勧誘に来る奴らが後を絶たなかった。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それ故、彼女がすべての勧誘を断り、当時一番マイナーな存在だった美術部に入部した時には、男たちは皆一応に悔しがった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　不思議なことに、何故か玲子は女性たちにも人気が有り、少しすると男どもから彼女を保護する『親衛隊モドキ』の女たちまでもが現れた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 連中は玲子に近づいて来る男子生徒の一人一人に何かと難癖をつけて彼女に警告を与えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; しかし、彼女たちは『西尾』一人に対してだけは何一つコメントを差し挟むことはしなかった。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 連中は西尾のことを異性として全くの対象外と考えていたのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そして、その馬鹿女どもの予想通り、西尾は玲子と隣の席になったにもかかわらず、彼女にまともに話しかける事も出来ずにいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　だが、玲子は周囲の馬鹿な女たちとは違っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 彼女は松雪と同様に西尾のことを一度も見下さなかったし、彼の話し方を特別おかしいとも思ってはいないようだった。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; むしろ、彼女は西尾に対して他の男子生徒に見られない純朴な誠実さを感じていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 玲子は毎朝明るい声で彼に挨拶をし、ごく普通に話しかけた。&amp;nbsp; 西尾はそれだけで幸せだった。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 彼女といると自分の中のコンプレックスが次第に薄れて行くようにも感じられた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、三学期がもうじき終了する頃、校内に『西尾と玲子の交際』という一大ニュースが駆け巡った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 男も女もその話題でいろいろと騒ぎ立て、そして誰もが「どうせ一時的なものだろう」と腹の中で考えていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; しかし、多くの予想に反して、二人の良い関係は三年生になっても続いていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾自身、自分のような人間を玲子が何故選んだのか、当初は分からなかった。&lt;br /&gt; &lt;br /&gt;&amp;nbsp; 彼がその理由を知ったのは、二人が付き合い始めて随分と後になってからの事だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 罵倒し合う声が下の居間から聞こえて来ると、玲子はラジカセのボリュームを上げた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; もう、いやと言うほど聞いている声なのだがその声に慣れるということは出来そうにもなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 父親の女ぐせの悪さも母親のヒステリーも今に始まった事ではなく、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; こうした事態がどのように終結していくのかも彼女には既に分かり切っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　母親は離婚を持ち出し、父親はそれを聞いて開き直る。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; その後、三週間程冷戦状態が続くが、結局は母親は『自分の生活』の為、父親は『社会的な地位』の為に、離婚を留める事になるのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; いっその事、別れてしまえばいいとも彼女は思うのだが、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; その時自分がどちらかの親の側に付かなければならないという事を考えると憂鬱な気分になった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女は少しでも早くそんな親たちから独立したいと願っていた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それ故に、未成年という自分の立場にやり場のない怒りを抱いていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そんな今の彼女にとって、救いとなっているものは『絵を描く』という行為と西尾の存在だけだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（あんな父親とは違い、西尾は人を裏切るような事は絶対にしない。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 彼は誠実で純朴な心の持ち主だ。彼とならば平凡だが安定した暮らしが出来るだろう）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そう彼女は考えていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; だが、そのような自分の考え方が、十代の女性にとっては異質なものであるという事も彼女には分かっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女の周囲の女たちの多くは、相手の男性に対し若干の危険性のようなものを求めていた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; そうした傾向はごく一般的なものであり、自分のように十代の若さで『安定』や『平凡』を望む事の方が&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 何処か『打算的』で『不健全』な考えのようにも思えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; しかし、彼女の置かれている家庭環境がどうしても『恋愛』を『結婚』と結び付け、『幸福』と『安定』を同義語にしてしまうのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（私は絵を描いていたい。煩わしいすべての事を忘れて、好きな絵だけを描いていたい。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; あんな親たちでさえなかったら、迷わず私は美術大学に進学し、そして思う存分好きな絵を描き続けて行くだろう。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; でも、私はその事以上に今はあの親たちから少しでも早く独立したいのだ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; あんな親たちに今後四年間も世話になるなんて私には耐えられない。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; そんな事なら就職し、多少苦しくても独りで生きて行く方がいい。生活に慣れれば絵を描く余裕も出てくるかも知れない。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それに安定した結婚が出来るなら、夫が帰宅するまでの膨大な時間を手に入れることだって出来る。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; その相手が西尾なら、きっと私が絵を描き続けることを喜んで受け入れてくれるだろう。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 彼との暮らしには私の望んでいる平安がある。確かに打算的と言えなくもない。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; しかし、打算的でない恋愛などこの世に本当にあり得るのだろうか。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 利己的な感情を抜きにして恋愛などというものは存在しないはずだ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; ならば、恋愛の到達点に『平穏』を望む私の考えは決して間違った感情とは言えないのではないだろうか。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 相手の容姿に魅せられて恋愛に走る多くの同性たちと、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 平凡だが安定した生活を確信させる相手の人格や特質に魅せられて恋愛感情を抱いている今の自分との間には、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; もしかするとさほどの違いはないのかも知れない。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 私は彼を愛している。そして彼によって保証されている『安定』というものを私は心から望んでいる）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　罵倒し合う親たちの声を聞きながら玲子はそうしたことをぼんやりと考え続けていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　翌日、重苦しい雰囲気の朝食を済ませると、彼女は親の顔を一度も見ることなく家を出た。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; そして、解放感に浸りながら彼女はバス停に向かって歩き出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（今頃、あの親たちはどんな事を考えながら出勤前の一時を過ごしているのだろう）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それを想像すると鳥肌が立つような不快感が彼女を襲い、思わず玲子は足を速めた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（後一年、そうだ、後一年でこうした毎日とも決別出来るんだ・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女は白い息を吐いて駆け出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　三年になると進路希望とそれに伴う選択教科によってクラスの再編成が行われた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 一組から四組までは理数系及び文化系の進学希望組、そして、五組の一クラスだけが就職を希望する者たちと&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 選択科目に芸術教科を取った者たちで構成されていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; もちろん進路選択の変更は三年になっても有り得るので、進学組の中にも就職する者はかなり出て来る事になる。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; しかし、そうしたことは大して問題とはされなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 就職する者が何人出ようが、学校としては何のメリットも無い。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; むしろ問題は有名大学に何人送り出せるかだ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 編成替えをすることにより学校としては進学希望者たちの周囲から学習意欲の薄い連中を排除し、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 進学希望者の為の学習環境をより良いものに整える事が出来る訳だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; つまり、『五組』というクラスは、そうした目的の為に存在していた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そして、玲子はその『五組』に入り、西尾は『三組』の進学組になった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子のクラスの連中は選択教科として芸術教科を選んでいるとは言え、芸術に関する大学進学を希望している者は一人もなく、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; せいぜいが『専門学校』か『短大』への進学だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そして、学校側としては『専門学校』や『芸術関係の短大』というものは、どうやら『進学』とは認めて無いようだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾はクラスが違うにもかかわらず、昼休みと放課後になると決まって玲子のクラスに顔を出した。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; そして、彼が恥ずかしがらずに玲子のクラスに来れたのには彼女のクラスに松雪がいたという事情もあった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は剣道部を辞めてから自分のやりたいことを模索しており、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 二学期に入ってもそれが中々見つけられずにかなり神経質になっているようだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 松雪は短い期間に何人もの異性と入れ替わりのように付き合って見たり、暴走族まがいのおかしな連中と盛り場をうろついたり、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 時には顔中にいくつものアザを作って登校して皆を驚かせたりしていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; しかし、そのような行動はどれも長続きはせず、最近ではアルコールに溺れる事で、かろうじて自分の状態を落ち着かせているようだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; だが、松雪が正気に近い状態でいれたのは、午前中のいくつかの授業と、彼の得意な美術の時間だけだった。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それ以外は、彼は『アルコール』と『うがい薬』の交じり合ったおかしな匂いに包まれていつも眠っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; クラスの誰もが、そうした松雪の存在を気にしているようだったが、直接自分から彼に近づいて行く者は一人としていなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 松雪が自分に近づく者に対して特別威嚇することは一度も無かったのだが、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 彼の周囲には近づく者を絶対に許さない緊迫感のようなものがあり、それはまるで共産圏の周りに張り巡らされた国境のようでもあった。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; そして、そんな松雪の国境を越えて行くことを許されていたのが西尾と玲子だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は最初、松雪という人物にただならぬ危険性を感じていた。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 松雪の中には自分の求め続けている『平穏』や『安定』というものを一切感じ取る事が出来ず、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それ故、そうした松雪の存在そのものが、彼女にとっては一種の『恐怖』だったのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 西尾に連れられて脅えながらも松雪に接して行くうちに、彼女の中で少しずつその恐怖感は薄れて行ったが、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それでも松雪に見つめられると、まるで自分が蛇の前に立つ蛙にでもなったような気分になった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そんな彼女がある日、自分から積極的に松雪に近づいて行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; それは美術の時間の事だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その日、松雪はまるで人が変わったように無心にデッサンに取り組んでいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; その時の彼の目はとても真剣で、生き生きとしていて美しかった。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 玲子が松雪という人物の眼差しの中に生気を感じたのはそれが初めての事だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; そして、その時彼の描いていた『ジョルジュ』のデッサンはとても魅力的なものだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 木炭の使い方も、ハーフトーンの作り方も、はっきり言って未熟ではあった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; しかし、形の正確さには目を見張るものがあり、そして、何よりも玲子を引き付けたのは、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 彼女がこれまで見て来た石膏デッサンには無かったある種の『意志』のようなものが松雪の作品からは感じられた事だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子はこれまで石膏デッサンなどというものはデッサン力を養わせる為の単なる作業の一つで、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それ自体に芸術性を追求する必要など無いと考えていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; 実際、彼女が見て来たいくつかの石膏デッサンはどれも似たようなものでしかなく、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 個性は感じられても、その作品の中に芸術性のようなものを感じたことは一度も無かった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; しかし、松雪の描くジョルジュには何か強い『意志』、そして強烈なメッセージのようなものが込められているような気がしたのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; それに引き付けられるようにして、彼女は松雪に、自分でも気が付かぬうちに話しかけていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「素敵な作品ね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうかい？　有り難う」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はこれまでに見せたことの無い、驚くほど素直な笑顔を見せて玲子を振り返った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺さ、なんかこいつの顔が気に入ってるんだ。こいつの神経質そうな顔見てると、何だかやたらいろいろと想像しちまうんだな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「どんなこと？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「へっ、おかしな事さ。 例えばさ、コイツは実はものすごく冷淡な人間で、とんでもない事を考えている奴でさ、&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 夜中に独りで世の中の破滅の事を願っていたり、人妻に恋して相手の夫を殺す事ばかり考えていたりしてたんじゃないかとか・・・&lt;br /&gt;&amp;nbsp; なっ、馬鹿みたいだろ？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言って松雪は白い歯を見せて笑った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そんな事無いわよ。それって、凄くおもしろいわ。　私がこれまで見てきた石膏デッサンは、皆『石膏像』を描いていたわ。&lt;br /&gt;　でも、松雪君はつまり『人間』を描いているのね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ただ、好きなように描いているだけだよ。&lt;br /&gt;　でもさ、こいつ見てると色んなこと想像して最初は楽しいんだけど結局最後には悲しい気持ちになる。&lt;br /&gt;　不思議といつも悲しくなるね。　石膏デッサン始まって今日で三回目だろ。　その三回ともいつもそんな気分になるんだ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪の顔から笑みが消えていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、その表情は何処か『ジョルジュ』に似ているようにも玲子には思えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そう言われればジョルジュって何処か悲しい顔しているわね・・・　ねぇ　松雪君、貴方美術部に入らない？&lt;br /&gt;　私、貴方の絵がもっと見たい。それに、貴方は絵を描いている時が一番楽しそうよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　突然の彼女の申し出に、松雪は少し戸惑った顔で考えていたが、やがて苦笑いを浮かべて顔を上げると彼女を見つめて言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺なんか、女の子ばっかのあの『お嬢様部』には多分入部させてもらえないよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そんな事ないわよ。私、今日頼んでみる！　これでも私、美術部ではけっこう顔が効くのよ。　ねぇ、いいでしょう？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その日の放課後、玲子は美術部の女子の前で松雪の入部を必死で懇願した。&lt;br /&gt;　皆一様に不安げな顔を見せたが、一番の実力者である玲子の意見だけあって、誰もなかなか反対は出来なかった。&lt;br /&gt;　美術部には二年の男子が二人だけいたが、彼等は松雪という人物に対し明らかに恐怖を覚えているようだった。&lt;br /&gt;　玲子は彼等の恐怖心を利用することをとっさに考えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「もちろん君たちは反対しないわよね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女は少し威圧的な口調で言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　二年の男たちの顔色が瞬時に変化した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「モッ、もちろんです」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼等は脅えて引きつった表情を見せて即答し、それからお互いの顔を見合わせた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ほらっ、男性の意見はこの通りよ。それに絶対大丈夫よ。　あの人は皆が考えているようなこわい人じゃないから。私が保証するわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その後、玲子が保護者となって松雪を管理するという条件付きで彼の入部は許可された。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は松雪の入部の知らせを聞くと、まるで自分の事のように喜んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、その日の放課後、西尾のおごりで松雪の入部祝いをすることなった。　場所は松雪の馴染みの例のジャズ喫茶だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その日、初めて玲子はその店に入った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は西尾の恋人だと言って玲子をマスターに紹介し、マスターは彼女の為に特別に派手なチョコレートパフェを作ってくれた。&lt;br /&gt;　そして、松雪の美術部入部の知らせを聞くと、その日の選曲をすべて松雪に任せた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は即座に『マッコイ・タイナー』、『マイルス・デイビス』、『ジョン・コルトレーン』『セロニアス・モンク』、&lt;br /&gt;　『山下洋輔』のＬＰを棚から取り出すと、満足そうな笑みを浮かべた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「松雪君の入部が決定した時の二年の男の子たちの顔ったら最高に面白かったわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子が楽しそうに言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「君、もしかして相当脅したんじゃないの？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾がうれしそうに聞いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ちょとね・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女は首をすくめると、小さく舌を出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「やっぱり・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾が声を上げて笑った。　松雪は困ったような照れ笑いを見せて頭を掻いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「彼女、けっこうやり手みたいだね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　マスターがカウンターの向こうで笑いながら言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「なかなかのもんですなぁ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はわざとらしく腕を組むと、大きく頷いてそう言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ナ、なかなかのもんですなぁ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾が松雪と同じ格好をして繰り返した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は思わず吹き出してしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いつしか季節は夏を迎えていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　北海道の夏は突然訪れる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　朝晩炊いていたストーブの火が日を追うごとに次第に小さくなって行き、それが途絶えた時には３０度近い暑さが突如として訪れるのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　花たちは季節感を無視してその短い期間に狂ったように咲き乱れ、わずかな休息を与えられたストーブの横では、扇風機が大忙しで首を振っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　夏休みに入ると、西尾を含めほとんどの三年生は学校や塾の夏期講習で必死になっていた。&lt;br /&gt;　が、玲子はのんびりと学生生活最後の夏を過ごしていた。&lt;br /&gt;　これといってやるべき勉強も彼女にはなく、&lt;br /&gt;　家にいて不快な親の顔を見ているのも嫌だったので、彼女は学校の美術室に通っては好きな油絵を描いていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　夏休みも最初の頃は比較的涼しく過ごしやすいのだか、中頃にはかなりの気温になった。&lt;br /&gt;　その頃には最初数名いた美術部員たちも暑さに音を上げ次第に顔を出さなくなり、気が付くと美術室にいるのは玲子と松雪だけになっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は入部してからというもの、絵を描くことに熱中していた。&lt;br /&gt;　アルコールはしばしば飲んでいたが、それでも以前に比べるとその量はめっきり少なくなった。&lt;br /&gt;　彼は入部当初から美術室の一角に自分のテリトリーを構えてその中で黙々と作品を創り続けており、&lt;br /&gt;　彼のその姿は美術部の部員たちを驚かせ、そして、安心させもしていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　風景画、人物画、シュールリアリズムの作品、時には抽象画までもを彼は何かに取り付かれたようになって描き続けた。&lt;br /&gt;　絵を描いている時の松雪は普段の様子からは考えられないほどに真剣そのもので生き生きしており、彼は描く度ごとにその腕を上げて行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　美術の教師はもともと指導には熱心ではなく、もっぱら組合活動と共産党の選挙活動に力を注いでいた。&lt;br /&gt;　したがって、松雪は誰からも大して教えられる事なく独学で絵を描いていたのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし、松雪は夏休みを迎えた頃から静物画と石膏デッサンのみを熱心に行うようになった。&lt;br /&gt;　松雪のその姿を見ていると玲子には彼が何かにせかされているようにさえ感じられた。&lt;br /&gt;　創作活動に対する彼の真剣さは変わらないのだが、夏休みに入ってからの松雪の表情には最初の頃の生き生きとしたものが薄れかけているように&lt;br /&gt;　玲子には思えてならなかったのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「何だか最近松雪君変わったわね・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は彼の背後からそっと語りかけた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その声に松雪は筆を置き、額の汗を首にかけたバンナダで拭うと一度大きく伸びをした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あーぁ、今日も暑いなぁ・・・　ねぇ、西尾を誘って何か冷たいものでも飲みに行こうヤ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　中庭の白樺の木にとまった蝉の鳴き声が暑さ増殖させ、アトリエ全体を巨大化する音の渦が不快に漂っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「駄目、私と違って彼は受験生なのよ。今頃、あの暑い教室の中で必死にお勉強しているんだから」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言って玲子は窓から外を眺めた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　遠くに進学組の窓が見え、そのカーテンの奥で汗をかきながら苦悩している学生たちの顔が二人の脳裏に同時に浮かんだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうか、そうだよなぁ・・・　そんじゃ、俺ちょっくら一時間ばかり例の店でクーラーにあたって来るわ。&lt;br /&gt;　君はまだいる？　いるんならコーラか何か買って来てやるよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「私も一緒に行こうかなぁ・・・　いい？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いいの、西尾と一緒じゃなくても？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は驚いた顔で玲子を見上げた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「松雪君、私のこと西尾君の付属品か何かだと思っているんじゃない？　失礼しちゃうわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　幼子のように頬を膨らませると、玲子は松雪を睨んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「こりゃ、失敬。それじゃお姫様、わたくしとお茶でもお付き合い願えますでしょうか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　学芸会の王子様のようなわざとらしい仕草で松雪は玲子の前にひざまずいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「えぇ、よろしいですわよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子はスカートの裾を両手で少し持ち上げると、誇らしげに細い顎をつんと上げた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、玲子は松雪と一緒に学校を出た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪と並んで歩いていると、不意に彼女は自分のそうした行動が信じられない気分になった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（私は今　松雪君と肩を並べて歩いている。　あんなに恐怖感を抱いていた相手と一緒にいる。&lt;br /&gt;　しかも、私は自ら彼に近づき、彼を美術部に入れ、今はこうして自分からすすんで彼と一緒に喫茶店に行こうとしている。&lt;br /&gt;　あの恐怖感は何処に行ったのだろう。　この安心感は何処から来ているのだろう。&lt;br /&gt;　そうだ、多分、彼の絵を見た瞬間から、私の中の何かが変わってしまったのだ・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女の脳裏に一瞬、西尾の顔が浮かんだ。しかし、その顔は何処か輪郭がぼやけており、実体は薄れてしまっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ジャズ喫茶のドアを開けると、クーラーの湿った空気の中、『マル・ウォルドロン』の寂しげなメロディが流れていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　何度か三人でこの店に来ているうちに玲子はジャズメンの名前と曲をかなり覚えてしまっていた。&lt;br /&gt;　松雪の好みは偏っており、特に彼はビックバンドには嫌悪感を抱いているようだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その日、松雪の話す西尾との剣道部時代の失敗談に笑い転げながら、玲子は以外なほど自分が松雪に対して心を開いている事を実感していた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　スピーカーから音が消え、次に『ビリー・ホリデー』が流れて来ると、&lt;br /&gt;　彼女の歌の中の『ストゥレインヂ・フルーツ』という曲の内容を、松雪は静かに語り始めた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「当時のアメリカはまだ黒人奴隷に対する差別や偏見が酷かったらしくてね。&lt;br /&gt;　馬鹿な白人たちによって本当に多くの黒人たちが虐待されていたらしいんだ。&lt;br /&gt;　そして、幼かったこの『ビリー・ホリデー』が、ある日、何か奇妙なものが木にぶら下がっているのを見つけたんだな。&lt;br /&gt;　それは無理やり白人どもによって吊るされた黒人だったんだけどね。&lt;br /&gt;　幼い彼女は自分と同じ境遇の仲間たちのその悲しい死に様をそうやって見せつけられたって訳。&lt;br /&gt;　だけど、そこで彼女が見たのは単なる黒人の死体じゃ無かったんだ。&lt;br /&gt;　彼女は自分を取り巻く差別と偏見にまみれたやり切れない『現実』そのものを見せつけられたんだ。&lt;br /&gt;　そして、その後に彼女がその日の出来事をもとに作ったのがこの『ストゥレインヂ・フルーツ』って歌らしい」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そこまで言うと、不意に松雪は席を立ち、レコード棚から一枚のＬＰを取り出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そこには『浅川マキ』という名前が記されてあった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「どっちかって言うと、俺はこのレコードで『山下洋輔』のピアノをバックに歌う彼女の『奇妙な果実』の方が気に入っているんだけどね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「私、聴きたいわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は大きな瞳を輝かせて言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「マスターいいかい？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　マスターは優しく頷くと、他の客を無視して、かかっているレコードを途中で止め、『浅川マキ』をターンテーブルに乗せた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　やがて抑えたピアノの音が聞こえ、その後、暗い闇の彼方から響いて来るような低い女の声が薄暗い店内を包み込んで行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　突然、玲子の身体に電流が駆け抜けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　全身の毛穴が収縮し鳥肌が立った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　悲しみ、不安、怒り、痛み・・・玲子の中に宿っていたすべての感情が、まるで切り裂かれた傷口のように、&lt;br /&gt;　赤い大きな口を開けてその女の声を飲み込んで行く。&lt;br /&gt;　次第に高まっていく心臓の鼓動を押さえようと、彼女は静かに目を閉じた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　何かが揺れていた・・・　彼女の瞼のずっと奥のほうで何かがゆっくりと揺れ続けていた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　玲子はその揺れ続ける影に精神を集中した。すると、それは次第にその輪郭を鮮明なものにしていった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女がそこで最初に見たのは靴だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ところどころ擦り切れ穴のあいた黒い大きな靴だ。　編み上げの紐はちぎれ、その透き間から艶を無くした黒人の肌が見える。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女は意識の視線をゆっくりと上方へと移していった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ボロ布のようなズボン、剥き出しの膝・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その上にあるものは既に分かっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　食い込んだロープと伸び切った首、そして、苦痛に歪んだままの黒人奴隷の死に顔・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女は意を決したように、その吊るされた黒人奴隷の顔を確かめようとさらに上へと視線を移した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし、彼女がそこで見たものは黒人奴隷の顔では無かった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そこにあったのは・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　吊るされていたのは・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　どす黒く変色した彼女自身の顔だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子はゆっくりと目を開けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　すると彼女の前には暗い瞳の若者がいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼の瞳には何の輝きも見ることは出来ない。　それはまるでこの世のすべての光を飲み込んでしまう暗黒の闇のようだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（貴方もみたのね・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女は心の中で松雪に問いかけた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（あぁ、そうだよ・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　何も言わずに松雪は答えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　店を出ると、外は夕暮れにかかっていた。帰宅途中のサラリーマンたちが急ぎ足で駅に向かって歩いている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ねぇ、常盤公園に行かない？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　小さな声で玲子は言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うん、いいよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　静かに松雪が答えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから二人は雑踏に逆らって歩き始めた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　隣の松雪はいつものように少し猫背でポケットに手を突っ込んで前を見つめて歩いている。&lt;br /&gt;　長い前髪が風に揺れて夕陽の色に輝き、もみあげの下に残るのはいつかの傷痕だ。&lt;br /&gt;　玲子はその傷痕に触れてみたいと思った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　目の前の信号が青に変わり、堰を切ったように向かって来る人波を二人は縫うようにして歩いた。&lt;br /&gt;　横断歩道を渡り切ったその時、前を見つめたまま松雪が呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺、駄目なことは分かっているけど、美大受験しようかと考えているんだ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　意外なその言葉に彼女は一瞬戸惑った。&lt;br /&gt;　しかし、すぐに彼女は笑顔を作ると空を見上げて無理に明るい声で言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうなの、素敵じゃない。　美大かぁ、私も行きたいなぁ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「親の事なんか無視してさ、君も受けて見ればいいのに。　俺なんかよりよっぽど受かる可能性があるじゃないか」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は真剣な眼差しで彼女を見つめた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うん・・・でも、やっぱり私はやめておく。私、早く独立したいんだ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そして、『平凡な幸福』とやらを手に入れるんだろ。いつも言っているもんなぁ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言うと松雪はため息をついた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうよ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（そうよ。私はいつもそう言って来たわ。&lt;br /&gt;　そして、その気持ちは今も変わってはいない。変わってはいない・・・多分・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうか！　松雪君それで最近デッサンと静物ばかり始めたんだ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　気分を切り替えようと、彼女は意識して元気そうな声で言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「まぁね。　でも、そう決めてから自分のスタートの遅さを痛感させられちまってる」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「だけど、自分のやりたい事が見つかって良かったじゃない」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「全部、君のおかげだな・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言ってほほ笑んだ彼の顔が、玲子には何故か悲しげなものに見えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（この人はやはり危険だ。　私の平安を奪いかねない危険人物だ。　でも、今少しもそれが怖くないのは何故？&lt;br /&gt;　この人に感じている懐かしさにも似た今の気持ちは一体　何　？　）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は自分を見つめる瞳を、言葉も無くただじっと見つめ返していた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　夕暮れの公園には人影は少なく、遥か前方ではアルバイト風の男たち数人が貸ボートを岸に引き上げていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ベンチに腰掛けると心地よい風が吹いていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、オレンジ色に光る池の上では二羽のアヒルがのんびりと泳いでいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あのアヒル、夫婦かしら？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子が呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あぁ、そうかもね・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　優しい声で松雪が答えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ねぇ、私ってどんな風に写っているの？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪の横顔を見つめて彼女は尋ねた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は二羽のアヒルの姿を目で追いながら落ち着いた声で言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうだなぁ・・・　頑張っている人かな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「頑張っている？　私が・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あぁ、頑張って生きているよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言うと、松雪は大きく伸びをした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「でもね、いつか西尾君が貴方のことを同じように言っていたわ。　アイツは俺なんかより必死で生きているって」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ふーん、アイツがねぇ・・・　そう言ったのか・・・　参ったな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　小さな魚が跳ね上がり、水紋がゆっくりと広がって行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ねぇ・・・　頑張らないで生きて行けたらいいわよね・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　独り言のように彼女は呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうだね、何も考えないで生きて行けるってことは、素敵だと思うよ。&lt;br /&gt;　人類にも自然淘汰の時期が来るのなら、多分生き残るのはそんな人達なんじゃないかな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言った彼の眼差しには十代の若者の輝きは既に無かった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「西尾君はその中に入るかしら？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　細い指で髪を掻き上げながら彼女は尋ねた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「西尾か・・・　奴は優しいからな・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「優しい人は生き残れないの？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪の眉間に浅い溝が刻まれた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「優しさは弱さだよ。　よく『優しさが強さだ』みたいなことを言う人がいるけど、俺はどうしてもそうは思えない。&lt;br /&gt;　生物の進化の過程で生き残って来たのは相手を蹴落とすしたたかな狡さを持ったものと、&lt;br /&gt;　痛みに強い鈍感でずぼらな生き物だったんじゃないかな。&lt;br /&gt;　相手の痛みまで感じ取ってしまう繊細で優しい生き物は多分死滅して行ったと思うよ。&lt;br /&gt;　だから、『生きる』って事に関してだけ言えば、やっぱり『優しさ』は『弱さ』のような気がする」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言うと松雪は小さなため息をついた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「貴方はどうなの？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪の頬の傷を見つめながら玲子は聞いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺か・・・　俺は『優しさ』はないけど、『弱さ』だけはしっかり持っているな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「でも、西尾君は貴方の剣道を見て、『松雪の剣道が本当の意味で一番強いんだ』っていつも言っていたわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は片方だけの唇だけでほほ笑んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺の剣道か・・・　あれは俺の『弱さ』の表れだよ。&lt;br /&gt;　よくさぁ、ボクサーが相手の一発のパンチを受けた瞬間にその相手の強さが分かるって言うだろ。&lt;br /&gt;　剣道って奴はもっと敏感なんだ。多分、コブシよりも刀の方がはるかに殺傷能力があるせいだと思うんだけど、&lt;br /&gt;　相手と向かい合って竹刀が触れ合った瞬間に何となく相手の度量みたいなものが分かるんだ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「一度も攻撃を受けていないのに？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あぁ、俺の場合はそうだよ。　だけど俺は相手の『強さ』よりも『弱さ』が見えるんだ。&lt;br /&gt;　こいつは威嚇に弱いとか、喉に突きを一発くらったら完全に戦意を失う奴だとかね。&lt;br /&gt;　でも、それはすべて自分の弱さを相手の中に見つけているんだと思う。　だから、俺はそこを徹底して責める訳。&lt;br /&gt;　自分だったら必ず音を上げるだろうと思われる箇所を、相手がもう耐えられないっていう所まで執拗に責めるんだ。&lt;br /&gt;　俺の中に弱い部分がいくつもある分だけ、相手の弱さも良く見えるって訳だ。&lt;br /&gt;　そして、俺は自分の弱さを憎んでいるから、本気で殺すことを考えて責め立てる。　相手が俺の弱さを見抜く前にね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言うと彼は膝の上にはい上がった蟻をそっと地面に払い落とした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「貴方はいつも自分を相手にして来たのね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「カッコ付けて言えばね・・・　まぁ、俺の場合、剣道なんてもんは結局は究極の一人遊びだったんだな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「きっと私の弱さも見抜かれているんだろうなぁ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺に分かっているのは、君も俺と同じで、逆境に弱いって事くらいだよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「逆境に弱い・・・　確かにそれは言えるわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「言い方が悪いかも知れないけど、君が執着している『平穏』って奴は、&lt;br /&gt;　君が前に話していた家庭環境の弊害が生み出したものだと思う。でもさ、俺の中にも君と似たような部分は大いにあるよ。&lt;br /&gt;　俺は学生運動の全盛期のことは全く知らない。でも、あの人たちが残して行った残骸の中で俺が成長してきたことは確かさ。&lt;br /&gt;　『革命は起こらない』『時代は変わらない』『努力や純粋な気持ちは報われない』『人生に目的なんか無い』、&lt;br /&gt;　俺は彼らが残したそんな道しるべを眺めながら今日まで歩いて来た。&lt;br /&gt;　そして、最近になって良く分かるようになったのは、自分を危険にさらしてまで何かを変えようと試みられるのは、&lt;br /&gt;　結局は『平穏』な環境に置かれている人間だけだって事さ。&lt;br /&gt;　あの人たちの時代は、もしかすると今よりももっと安定した基盤があったのかも知れない。&lt;br /&gt;　いい時代だったかどうかは分からないけど、多分安定はしていたんじゃないかな。&lt;br /&gt;　例えば、希望や理想を描くことが出来たような・・・　でも、俺にはそうしたものは無い。&lt;br /&gt;　こんな空しい風が吹いているような場所で理想を抱いてジャンプするなら足場がぐらついて叩きのめされちまう。&lt;br /&gt;　そうした結果がみえみえなんだよ。　夢さえ見られない程にみえみえなんだ。&lt;br /&gt;　だから、俺も逆境に弱いんだ。　立ち向かうだけの安定した基盤みたいなものが俺には無いのさ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「それじゃ、貴方が逆境に弱いのは私たちの生きている今の時代のせいなのね？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そう思いたかった・・・　でも、どうやら違うみたいだ。&lt;br /&gt;　時代を相手にするのは、あの人たちが既ににやってしまったんだ。　俺には、それすら残されていないよ。&lt;br /&gt;　結局、向かい合わなければならない相手は自分自身なんだ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はポケットからタバコを取り出すと、それに火をつけた。&lt;br /&gt;　そして、深く息を吸い込み煙りにごまかしながらため息をついた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「私、貴方のことを誤解していたみたい。　私、松雪君ってもっといい加減な人だと思っていた。&lt;br /&gt;　そんなに真剣に考えている人だなんて思っても見なかった」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女のその言葉に、松雪は乾いた笑い声を上げた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺はいい加減だよ。　自分と向き合うのが怖くていつも酒に逃げてばかりいる」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「西尾君がどうして貴方のことを大切にしているのか少し分かったわ。貴方は私たちより少し前にいるのよ。&lt;br /&gt;　そして、私たちの前にある穴の中を貴方は一つ一つ覗いて歩いている。&lt;br /&gt;　だから貴方を見ていれば私たちはその穴に落ち込む必要は無いのよ。　多分、貴方は先遣隊の役目をしているのね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「だから、俺はそんなに立派な奴じゃ無いってば。　俺は臆病で、しかもとんでもない馬鹿だよ。今だって君たちの・・・&lt;br /&gt;　いや、止めよう。　何か、俺今日はしゃべり過ぎているなぁ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は立ち上がるとタバコをポケットにしまい込み、帰り支度を始めた。&lt;br /&gt;　その腕を玲子はきつく握ると自分に引き寄せた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「話してよ。　ネェ、お願いだから、もっとちゃんと聞かせて。　私たちの　何　？　」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は困った顔で髪を掻き上げると、立ったままで言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺は西尾も君も好きだよ。　大切にしたいんだ。　余計な事をしゃべって今の関係を気まずいものにはしたくないよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「私たちの関係が永遠に続くならそれもいいけど、多分、卒業と同時に三人のつながりなんて消滅してしまうわ。&lt;br /&gt;　それよりも、私は貴方の事をもっと知りたいのよ。ねぇ、貴方が話すことは西尾君には言わない。&lt;br /&gt;　私だけの胸にしまっておく。だから、話して」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は紫色に変わって行く景色を眺めながらしばらく考え込んでいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺は・・・　俺は利己的な快楽を追い求めている。　その為に君たちの良い関係さえも壊しかねない。&lt;br /&gt;　分かってくれ、辛いんだよ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子には松雪の言わんとすることが十分に理解出来た。&lt;br /&gt;　そして、彼女はその時、自分を守ろうとする気持ちと、それとは全く正反対の自虐的な気持ちとが不思議な感情となって&lt;br /&gt;　今の自分を取り巻いていることを実感していた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そう・・・　ごめんなさい。　私って鈍感ね・・・　そんなこと思ってもみなかったから・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　やっとの思いでそれだけを言うと、彼女は静かに下を向いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「まっ、そう言うことだ。　もう、この話は終わりにしよう。　取り敢えず俺は絵を描くことに集中するよ。&lt;br /&gt;　そして君は今まで通り西尾とうまくやっていってくれ。　君にとってはそれが一番幸せに近い生き方なんだから・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（その通りだわ・・・　この人の言う通り、私にとって西尾君との生活は幸せに最も近い生き方なのよ。&lt;br /&gt;　何故なら彼の優しさこそが私を『平穏』というものに導いてくれる唯一のものだもの。&lt;br /&gt;　でも・・・　でも、この人の言葉一つ一つがこんなにも私の胸に突き刺さるのは何故？&lt;br /&gt;　この人の住む世界が、痛いほどに私に理解出来るのはどうして？&lt;br /&gt;　西尾君とは優しくほほ笑み合うことが出来る。&lt;br /&gt;　でも、この人となら一緒に泣くことが出来る。&lt;br /&gt;　今、私は笑いたいの？　　それとも、本当は泣きたいの？　）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は何も言わず夕暮れの街を歩いている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼の猫背の後ろ姿を見つめながら玲子は黙ってついて行く。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　駅に近づく頃にはすっかり闇が辺りを包み込み、けばけばしいネオンサインがさかんに仕事を始めている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いくつものテールランプが徘徊し、アスファルトの余熱がそれに引きずられるように漂っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（私は今日のこの景色を忘れることが出来るのかしら・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子にはそれがどうしても出来ないように思えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女は目の前の松雪の後ろ姿を、これから自分がいつまでも引き連れて生きて行くような、そんな気がしていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　 西尾は夏期講習会が終わると剣道の昇段試験を受け三段になった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、それと同時に剣道とはきっぱりと縁を切り、受験に専念していた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼は札幌の文科系大学を志望校に定めたことを玲子に告げ、大学卒業後は公務員を目指すと彼女に約束した。&lt;br /&gt;　恐らく彼ならば、その青写真の通りの人生を歩むことになるだろうと玲子は考えていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾はそうやって一つ一つ玲子の願う形の夢を現実のものにしているように思えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、彼にとっては玲子の理想に近づくことが自分の将来の希望ともなっているようだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は放課後になると決まって美術部に顔を出し、松雪の隣に座って参考書を広げた。&lt;br /&gt;　松雪は玲子との一件についてはまるで何も無かったかのように黙々とデッサンを繰り返し、&lt;br /&gt;　西尾に対しても何ら以前と変わりのない態度で接していた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし、玲子の心はあの日を境にして次第に松雪に傾いていった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女の視線はいつも西尾を素通りし、石膏像を見つめる松雪の横顔に注がれていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　だが、彼女自身は自分のそうした心の変化を素直に認めることは出来なかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　自分は変わらず西尾を愛しており、彼との平穏な日々を今も心から願っているのだと彼女は自分自身に必死で言い聞かせていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ア、後五日で夏休みも終わりだね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は参考書を膝に置くと呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「今日で講習会は終了したんだろ。　明日からお前どうすんだ。　何処か行くのか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　振り向きもせずに、握り締めた食パンで木炭を押さえながら松雪は尋ねた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「家の仕事も一段落したから、家族で温泉に行くらしいよ。&lt;br /&gt;　ボ、僕も一緒に連れて行かれそうなんだけど、あんまり行きたくないなぁ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「最後の家族旅行になるかも知れないわね。あんなに勉強したんだもの、少しは息抜きして来るといいわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は西尾の隣に腰掛けると言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うん、それじゃ二人にお土産買って来るよ。　ナ、何かリクエストある？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「何にもいらねぇよ。　どうせおかしなキーホルダーだとか温泉まんじゅうか何かだろ。&lt;br /&gt;　それとも・・・　マッ、まさかキミ、あの『ペナント』などという代物を買って来るつもりじゃないでしょうね。&lt;br /&gt;『ナントカ温泉』なんて書かれてある、あのヒラヒラした三角形を部屋に貼らなければならないのかと思うと&lt;br /&gt;　それだけで私は恐ろしくて眠れませんわ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　役者じみた顔を作って松雪が振り向くと、西尾も玲子も声を上げて大笑いをした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　翌日、西尾は家族旅行に出掛けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、美術室では玲子と松雪だけが黙々と作業を続けていた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　開け放たれた窓からは軽音楽部の下手くそなロックの演奏が聞こえていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「奴ら文化祭でまた『ディープ・パープル』演るつもりかよ。&lt;br /&gt;　もう、あのメロディー耳にタコが出来るほど聞かされてるのに・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪が舌打ちをして言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ねぇ、その『ジョルジュ』のデッサンそろそろ完成なんじゃない？&lt;br /&gt;　それ以上描き込んでもあんまり木炭がのらないと思うわよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あぁ、木炭紙の目が限界に来ているんだ。　でも、なんかまだ納得出来なくてさ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「だけど入試に『ジョルジュ』を描かせる所って少ないと思うから、早く次の作品に取り掛かった方がいいとけど・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうだな・・・それじゃお決まりの『ブルータス』でも描き始めるか。&lt;br /&gt;　だけど、どうせ浪人は決まっている訳だし、所詮はこれも悪あがきだろうけどな・・・&lt;br /&gt;　ところでさぁ、最近、君の描き始めた西尾の顔なんだけど、だんだんタッチが変わって来たよね。&lt;br /&gt;　最初見た時はモジリアニ風だったのが、何だかこの頃じゃ『エゴン・シーレ』みたいだ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうなのよ、だんだん西尾君の顔から遠ざかって行くのよね。別に意識してそうしている訳じゃないんだけどな・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「でも、今の方が魅力的だよ。別に似顔絵を描いている訳じゃないんだから、それでいいんじゃないかな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ありがとう、そう言ってもらえるとすごく嬉しいわ。それに私、『シーレ』のデッサンってとっても好きよ。&lt;br /&gt;　あのごつごつとした関節や、そぎ落とされた筋肉の表現なんかは荒っぽいけどすごく素敵よね。&lt;br /&gt;　それにあんなに悲しい表情を持った線なんて他に知らないもの」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は嬉しそうに言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺も好きだよ。本当にすごくいいと思う。でも、彼の画集って学校には置いてないだろ。&lt;br /&gt;　だから俺、雑誌でちらっと見た程度なんだ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あっ、私の家に彼の画集あるのよ。良かったら今度見せてあげるわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うん、是非お願いするよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その時、風に乗って軽音楽部の最悪のボーカルが聞こえて来た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うわぁ、これは拷問だな。ちょっと耐えられそうにない・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は木炭を机の上に放り投げた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ねぇ、今日はもうこの辺でお開きにしない」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あぁ、その方が正解かもね。そろそろ帰るとするか・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　二人は帰り支度を済ませると、部室の鍵をかけ学校を後にした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「西尾は、いつ帰って来るって？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　スニーカーの踵を踏みながら松雪は尋ねた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「確か明後日、帰るって言っていたわよ。&lt;br /&gt;　今頃はきっと温泉につかって鼻歌でも歌っているんじゃないかしら」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ちょっとジジ臭いけど、なんかアイツには温泉って似合っているよなぁ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「可哀想だけど、確かに言えてるわね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は少し大きめの前歯を覗かせて悪戯っぽい笑みを浮かべた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その日の夕方、松雪は部屋で『ツェッペリン』を聴きながら、のんびりとコーヒーを飲んでいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　窓からは涼しい風が入り込んで、それは夏の終わりが近づきつつある事を感じさせた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その時、母親が電話がかかっていることを彼に告げた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　二階から下りて受話器を取ると、玲子の不安げな声が聞こえて来た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ごめんなさい。　突然電話なんかしちゃって。　うちの親たち、どうやらもう駄目みたいなの」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いつに無く不安げな、か細い声だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうか・・・　辛いな。で、大丈夫か？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「母親が実家に行くって置き手紙して出で行っちゃった。&lt;br /&gt;　いつかはこうなると思っていたんだけど・・・　やっぱり少しショックだった」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうだよなぁ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は大きなため息をついた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ねぇ、少しの時間出られない？　あのお店でジャズが聴きたいのよ。&lt;br /&gt;　もし良かったら付き合ってもらいたいんだけど・・・　駄目？　」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子のその声に、松雪は何処か切羽詰まったものを感じた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「それは別にかまわないけど・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪の脳裏には西尾の顔が浮かんだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「お願い、今日だけそばにいて欲しいの」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾に対する思いはあったが、今の玲子の気持ちを思うと、松雪にはどうしても彼女のその誘いを断ることは出来なかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「・・・分かった、すぐに行くよ。　駅で待っていてくれ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ありがとう。　ごめんね・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は電話を切ってから部屋に戻るとアーミージャケットをランニングシャツの上に羽織り、急いで家を飛び出した。&lt;br /&gt;　そして、物置から自転車を引きずり出し、ライトも付けずに走りだした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　風に向かいながら松雪は玲子を慰める言葉をいくつか考えてみた。&lt;br /&gt;　しかし、それはどれもこれも陳腐なものばかりだった。&lt;br /&gt;　そして、ついに松雪は考えることを諦め、自転車のペダルを力任せにこぎ続けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　駅に着くと、丁度タクシーから降りる玲子の姿が見えた。松雪はブレーキをきしませて彼女の脇に自転車を止めた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ごめんね。無理言って・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いいさ、後ろに乗れよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うん」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は自転車の荷台に座ると、松雪の腰に腕をまわした。松雪のアーミージャケットは男の匂いがした。&lt;br /&gt;　彼に対して抱いていた感情が押さえ切れない程に膨れ上がり、玲子は彼の背中に頬を当てた。&lt;br /&gt;　涙がとめどなくこぼれ落ち、それは静かに彼の背中に染み込んでいった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ジャズ喫茶のドアを開けると、カウンターの中には見慣れないアルバイトの若者が立っていた。&lt;br /&gt;　相変わらず客は少なく、サラリーマン風の男が一人、スピーカーの横のテーブルで暇そうに競馬新聞を読んでいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪と玲子はいつもの一番奥のボックスに座り、それからコーヒーを注文した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「無理なことばかり言って、本当にごめんなさいね。　でも、どうしても会いたくなって」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　伏し目がちに彼女は言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いいよ、そんなに何度も謝るなよ。それより、本当に大丈夫なのか？　ごめん、大丈夫な訳ないよな・・・&lt;br /&gt;　あー、やだやだ。　俺、何トンマな事聞いてんだろ・・・　俺さ、来る途中いろいろ考えたんだ。&lt;br /&gt;　だけど、君を励ます言葉なんて結局何一つ思い浮かばなくてさ。　頭悪いからなぁ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はそう言うと、両手で顔をしごいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「私、親たちがいつかはこうなるだろうって前から分かっていたのよ。&lt;br /&gt;　だからそれなりの覚悟は出来ていたつもりだったのね。でも、いざとなると駄目なものね。&lt;br /&gt;　だけど、松雪君の顔を見たら何か安心しちゃった。　だからもう大丈夫よ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は長い髪を掻き上げると、力の無い笑みを浮かべた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「西尾の奴、こんな時にのんびり温泉なんか行きやがって、帰って来たらたっぷり文句言ってやろうぜ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「それは可哀想よ。　それに私、今日は松雪君に会いたかったのよ。　だからいいの・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　コーヒーが運ばれて来た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あのね、悪いんだけど、この一曲が終わったら『オスカー・ピーターソン』じゃない奴にしてくれない？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はバイトの若者に言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　若者は少し困った顔をしながらも一応は頷き戻って行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「私、ジャズには詳しくないから、別に何でも良かったのよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　細い指でカップを持ち上げながら玲子は言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いや、俺がただこのレコードを今は聴きたくなかっただけなんだ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「私、貴方の選ぶ曲は全部好きよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺の趣味ってバラバラなんだよ。　演歌以外だったら何だって聴いちまうし、&lt;br /&gt;　ついこの前までは『友部正人』っていうフォークの人のＬＰを毎日のように聴いてたよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「私、その人知らないわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「だろうな、『ボブ・ディラン』に似ているけど、すごく魅力的な声してる人さ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「今度、聴かせてくれる？　それに、私もっと貴方の好きな音楽が知りたいの」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子の声の調子から、彼女は次第に元気を取り戻して来つつあるように思えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いいけど・・・　でも、あんまり君に影響与えると西尾に悪いからな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ねぇ、今日だけは彼の話は止めて」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　音を立ててカップを置くと、彼女は鋭い視線を松雪に送りながら低い声で言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「分かった・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は彼女の視線から顔を背けるようにしてタバコを取り出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから二人は音楽の話や絵の話をした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『オスカー・ピーターソン』のＡ面が終わると、次に『ジャズ・メッセンジヤーズ』が流れて来た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あらま、今度はこれか・・・　あの人、俺とはあんまり趣味が合わないみたいだなぁ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　苦々しげに煙を吐き出すと松雪は呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ねぇ、それじゃこれから私の家に来ない？　『エゴン・シーレ』の画集見せたいのよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　大きな瞳で玲子は松雪を見つめた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「でも、親父さんがいるんだろ？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　眩しそうな表情で松雪は言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あの人、お母さんが実家に帰ったのをいいことに例の女の人の所に行っちゃった。&lt;br /&gt;　多分、しばらくは帰って来ないつもりなんじゃないかしら。　そういう人なのよ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女の表情が一瞬にして暗く沈んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうか・・・　でもなぁ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「彼の事は言わないでね。　約束したでしょ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「分かってる・・・　うん、それじゃ行くか」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は二人分のコーヒー代を払い店を出ると、荷台に玲子を乗せて夜の街を抜け出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　駅から遠ざかるにつれて夜空の星が輝きを増し、風は冷たく心地よかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「私、重たいでしょう？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼の背中で玲子が言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺、これでも元剣道部の主将さんよ。　大分くたびれてはいるけどね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は小さく笑った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子の家は駅から自転車で３０分程の住宅街の中にあった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　夏の終わりを惜しむかのように一組の家族が玄関の前で花火をしていた。&lt;br /&gt;　赤や緑の光の中、楽しそうな子供の歓声が聞こえていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「私にもあんな時期があったのかなぁ。もう、忘れちゃったな・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その言葉に松雪は何も言えないまま、充満する花火の煙りの中を通り抜けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子の家の前に着いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　個性の無い白塗りの家に明かりは無く、そこには崩壊した家庭の寂しさが漂っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「どうぞ、入って」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は嬉しそうに言うと、玄関の明かりを点けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　下駄箱の上にはドライフラワーが飾られ、その横に誰にも読まれる事のなかった今朝の新聞が無造作に置かれていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　二階の彼女の部屋は女の子の部屋にしては飾り気が無く、あまり生活の匂いが感じられなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「つまらない部屋でしょう。　でも本当はもっとつまらない感じにしたかったんだ。&lt;br /&gt;　だってここは『牢屋』なんだもの。それ風にしなきゃいけないのよね。&lt;br /&gt;　紅茶でも入れるわね。あっ、私、そこにあるカセットしか持ってないのよ。&lt;br /&gt;　松雪君の気に入るものは無いと思うけど、何かあったら聴いていてね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言うと彼女は部屋から出て行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はもう一度ゆっくりと、部屋の中を見渡した。&lt;br /&gt;　窓にはグレーの無地のカーテンが吊るされており、黒いビニールのファンシーケースの横には小さな鏡台あった。&lt;br /&gt;　そして、机の上には教科書関係の本が置かれ、後はベットとスチールの本棚があるだけだ。&lt;br /&gt;　本棚の上の段にはラジカセと幾つかのカセットテープが並べられ、中段には数冊の小説と詩集があり、&lt;br /&gt;　後は美術関連の本と画集が並んでいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（牢屋か・・・　彼女はここから出所する日をひたすら待ちわびているって訳だ・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はカセットの中から『古井戸ライブ』を選び、ラジカセに入れ再生スイッチを押した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「お待たせしました。はい、どうぞ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女は紅茶の入ったカップと灰皿を机の上に置いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「松雪君がこの部屋に入ったお客様の第一号なの。&lt;br /&gt;　私、こんな部屋を誰にも見せたくなくて今まで誰も招待した事が無かったの」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「へーぇ、そうなんだ。　それは光栄です」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言って松雪は紅茶のカップを持ち上げた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ねぇ、松雪君。貴方のお部屋はどんな感じなの？　知りたいなぁ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「地獄。　レコードやら小説なんかが散乱していて、きちんと整理するのには多分一週間くらいはかかりそうだよ。&lt;br /&gt;　いつか西尾が来た時には奴が見かねて少し整理してくれたくらいだもんな。あっ、御免。禁句だったな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうよ。　あっ、これが『シーレ』の画集」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子はそれを本棚から取り出すと、ベットの上で広げた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いい線だよなぁ・・・　特にこれなんてさ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうね。　ちょっとマンガチックのようにも見えるけど、この表情なんてすごく魅力的だわ。&lt;br /&gt;　それに少し貴方に似てると思わない？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女が示したのは視点の定まらない暗く不安そうな目をしたシーレの自画像だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「前に『ジョルジュ』にも似てるって言ってたぜ。俺って一体どんな奴なんだ。&lt;br /&gt;　まっ、どうでもいいんだけどね誰に似てようが・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ごめんなさい。　でも何となく似てるのよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　画集を見つめたままで彼女は静かにほほ笑んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「確かこの『シーレ』って画家は若くして死んだんだよね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうね、奥さんの後を追うようにして」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺もあんまり長生きはしたくないな・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「私もそう思う」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あれ？　平穏な家庭で幸せに暮らすのが夢だったはずじゃ無かったのか」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「平穏な家庭で『幸せ』に『短い』人生を送るのよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「それは贅沢ってもんだ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は片方だけの笑みを浮かべた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうかも知れないわね・・・　でも、貴方はどんな風に生きて行くのかしら・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺？　俺か・・・　俺はどうなるのか全然見当もつかないよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「案外、奇麗な奥さんと可愛らしい子供に囲まれてマイホームパパになったりして」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は皮肉っぽい笑みで言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「子供は作らないよ。　それと家も建てない」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「縛られるのがいやなんでしょ？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うん。　それに何も残したくないんだ。&lt;br /&gt;　くだらない『人の営み』とかって奴を、せめて俺だけでもくい止めたい。カッコよすぎるか」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ちょっとね。　でも、貴方みたいな人間が増えると人類は滅亡しちゃうわね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺さ、その方がいいように思えるんだ。人間のような存在なんて無い方が自然なんじゃないのかな。&lt;br /&gt;　でも、こうして存在している以上は、そんなこと今更考えても仕方ないけど」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は紅茶のカップを置いてタバコに火を点けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ラジカセからは『落ち葉の上を』が流れていた。&lt;br /&gt;　アコースティクギターの乾いた音が煙りと絡み合って静かに漂った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「でもまだ、生きていてね。　絶対に死んじゃいやよ。　大学受験が駄目でも何とか生きていてね。&lt;br /&gt;　私にとって松雪君は大切な存在なのよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は『シーレ』の自画像を見つめたままで、小さくそう呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（俺はやっぱりここに来るべきではなかった。　そして、あの日、何も打ち明けるべきではなかった。&lt;br /&gt;　俺は家庭を失った彼女から今度は恋人までも奪い取ろうとしている。&lt;br /&gt;　俺には彼女に与えるものなど何もないのに・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「君が俺を大切に思ってくれるのは嬉しいよ。　でも、俺は君に出来ることは何もない」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　押し殺した声で松雪は言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「分かってるわ。　私に平穏な暮らしを与えてくれるのは西尾君のような人よ。&lt;br /&gt;　だから、多分、私は彼と結婚すると思う。　でも、自分でもどうしていいか分からないの。&lt;br /&gt;　私の中で貴方の事がどんどん大きくなっていくの・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女は涙を溜めた大きな瞳で松雪を見上げた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「やっぱり俺、今日は帰った方が良さそうだ。　このままここにいると・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（このままここにいると、君の『幸せ』って奴まで奪ってしまいそうだから・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は静かに立ち上がった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「夏が終わるわ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「えっ？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「もうすぐ夏が終わるわ・・・　でも、私この夏の事は忘れない。&lt;br /&gt;　大人になってもずっと覚えている。　死ぬまでずっと覚えている。&lt;br /&gt;　それでいいの。　本当にそれでいいのよ・・・&lt;br /&gt;　だから、だからもう少し、私のそばにいて・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪には自分を押さえることは出来なかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼は玲子を抱き寄せた。&lt;br /&gt;　玲子は震えていた。震えながら彼にしがみついてきた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから、どちらからともなくお互いの唇を求め、身体を求めた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　テープが終わり、スイッチの切れる音が響くと、すべての時間が完全に止まった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、飾り気のない冷たい『牢屋』の中、痩せた二つの身体が絡み合っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　もう二度と、こうして互いの肌の温もりを確かめあう事はないということを二人は実感していた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　何故そう言い切れるのかは分からなかったが、それがゆるぎない事だけは確信が持てた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それだけに愛しさは悲しみに染まっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子の白い胸に松雪の涙が落ち、それは小さく震えた後、彼女のくぼんだ脇腹に滑り落ちて消えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まるで死に逝く二つの命が、苦しみながら互いの身体を確かめあっているように見えるその姿は、&lt;br /&gt;　床に落ちた画集の『シーレ』の絵にとてもよく似ていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その夜、玲子の父親は帰って来なかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は白みかけた東の空を見つめながら自転車をこぎ続けていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　自分の行為に後悔の気持ちが無いと言えば嘘になる。しかし、それ以上に悲しみが大きく心を包んでいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　女を抱いた後でこんな気持ちになったのは初めてだった。&lt;br /&gt;　そして、何よりもこれ程悲しい交わりがあるという事を彼は初めて知った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（これで終わったんだ・・・　すべて終わったんだ・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　翌日、誰もいない美術室に紙袋を下げた西尾が立っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　紙袋の中には玲子に買ったキーホルダーと、松雪の為の『ペナント』が入っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それを見て笑う二人の姿を考えながら、彼は勇んでその日やって来たのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　二人のいない美術室はまるで初めて見る別の世界のようだった。&lt;br /&gt;　そして彼は自分が場違いな所に入り込んでしまったように感じていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その違和感を西尾はかなり前から自分と二人との間にも感じていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（あの二人が住んでいる絵の世界は、自分がどんなに努力しても入り込めない世界だ。&lt;br /&gt;　あの二人は芸術を追求するという点において、同じ方向にむかって突き進んでいる。&lt;br /&gt;　そして、その彼らの歩む道に自分は恐らく永遠に足を乗せることは出来ないだろう・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう思うと西尾の心の中に、冷たい風の音が悲しく響き渡った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　十分程して彼は美術室を出ると、職員室の前の電話で松雪の家に電話をかけた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪の母親は彼が始業式まで旅行すると言ってふらりと出て行った事をしきりにぼやいていた。&lt;br /&gt;　それから玲子の家に電話をしてみた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　数回の呼び出し音の後、沈んだ玲子の声が返って来た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女は風邪をひいたと西尾に言い、会えない事を詫びた後、静かに電話を切った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は肩透かしを食ったような気持ちで学校を出ると、紙袋を下げて家に帰って行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　 二学期が始まった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　始業式に松雪はとうとう顔を出さなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その日の放課後、玲子は久しぶりに会う美術部の仲間たちと内容の無い会話を交わしていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾はいつものように静かにドアを開けて現れると、玲子にほほ笑んでから美術室の中を見回して松雪の姿を探した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「松雪は、ケ、結局、今日は来なかったの？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うん。　でも、始業式って来てもほとんど意味がない日だから・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「アイツ、もしかしてまだ旅から帰っていないのかなぁ。　ド、何処に行ったんだろう」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「松雪君は、旅行に行っているの？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あれっ、キ、君にも何も言わなかったの？　電話したら、オ、おばさんがそう言ってたよ。&lt;br /&gt;　始業式までには帰って来るって事だったんだけど、何かあったのかなぁ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は何も答えなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それからしばらく西尾は玲子の横に座って、つまらなかった温泉の家族旅行の話をしていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　他の部員たちがそろそろ帰り始めた時だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私服の松雪が日焼けした顔で突然ドアを開けて入って来た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「おっ、お二人さんはやっぱりまだいたな。ちょっと遅刻したみたいだけど、これ、二人にお土産でーす」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は肩に下げたバックからビニール袋を取り出すと、それを二人の前のテーブルに置いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「チ、チ、ちょっとどころの遅刻じゃないよ。それに　オ、お前、何処に行っていたんだ？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いろいろとね。それより早く見てみろよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾はそのビニール袋の中から新聞紙にくるまったものを取り出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「わぁ、ド、どうしたのこれ？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　新聞紙の中からはサングラスが３個とライターと腕時計が２個ずつ出て来た。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「へへっ、一般ピープルの夏の忘れ物だよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は日焼けした顔から白い歯を覗かせた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「コ、これ　レイバンのメガネだ！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうか、分かったわ。海ネ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子が明るい声で言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あぁ、海水浴場を歩き回ってたら海の家の取り壊しを手伝う事になってね。&lt;br /&gt;　バイト代として、落とし物の中から気に入った奴をもらって来たんだ。&lt;br /&gt;　ライターは本物のジッポーだよ。確か前に西尾が欲しがっていただろ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うん。　デ、でも、本当にもらっちゃっていいの？　松雪も好きなの取りなよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺のはホラッこの通り・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はオーバーな振りでポケットからサングラスを取り出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は松雪のその姿を見て楽しそうに笑った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから何かを思いついたらしく、瞳を輝かせて口を開いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ねぇ、隣の写真部の人に三人の記念写真を撮ってもらわない？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うん、ソ、それいいね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾はレイバンをかけて笑いながら言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから玲子は写真部の部室に交渉に出掛け、三人はサングラスをかけて記念写真を写した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　十月は試験や文化祭などの行事もあって、あっという間に過ぎて行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　十一月には冷たい雨が降り続いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、それはいつしか『霙』に変わり、十二月に入ると雪になった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その後も松雪と玲子は、あの日の出来事には一切触れようとはせず、努めて普通にふるまっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ただ、松雪の飲酒回数は徐々に増えていき、玲子の体重は日を追う事に減っていった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子の親たちの離婚調停は中々双方の折り合いがつかず、話し合いが続いていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は卒業後はどちらの親にも世話にならず、独立して暮らして行くと主張し続けていたが、&lt;br /&gt;　そのことも金銭面での調停問題の一つになっているようだった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は日に日に玲子が痩せていくのは、そうした家庭環境における心痛によるものだと考えていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、そんな彼女をどうにかして励まそうと、つまらない冗談を連発したり、&lt;br /&gt;　受験勉強の時間を裂いて映画に誘ったりと必死になっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子はそんな西尾の優しさに触れる度、自分が醜い人間である事を思い知らされるような気がしていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はあの日から西尾のいる時にしか玲子に話しかけようとはしなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子の方から何か話しかけられれば、ごく普通に会話をするのだが、自分からは一切彼女に話しかける事は無くなっていた。&lt;br /&gt;　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし、松雪はいつも見ていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女を気遣い無理におどける西尾の姿と、家庭と自分と西尾の間で苦しみ続けている玲子の姿を・・・&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ジングルベルが街に響き渡り、デパートのショーウィンドーはクリスマスカラー一色になった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　受験生にとって冬休みは最後の追い込みの時期であり、西尾も正月返上で予備校主催の冬期講習会に通うことにしていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、その講習会の始まる３日前の晩、彼は松雪のところに電話をした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あのさぁ、ボ、僕、玲子の為にクリスマスと忘年会と新年会を兼ねたものをやろうと思っているんだ。&lt;br /&gt;　そんで松雪にも来て欲しいんだよ。僕だけだとなんか場がもたなくて・・・悪いけど付き合ってもらえないかなぁ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺は遠慮するよ、二人だけで楽しめよ。その方がいいに決まってるじゃないか」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　電話の向こうから、松雪は呆れた声で言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾にもそのことは分かっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は玲子のすべてを受け入れようといつも努力して来た。&lt;br /&gt;　そして、彼は自分には玲子の夢でもある『安定した暮らし』というものを与える事は出来るとも思っていた。&lt;br /&gt;　その点に関しては、自分の方が松雪よりも勝っているという確信もあった。&lt;br /&gt;　しかし、玲子の備えている『感性』や、彼女の根底にある『考え方』を本当の意味において理解し満足させることが出来るのは&lt;br /&gt;　自分では無く、むしろ松雪のような人間だという事も彼には分かっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それ故、西尾はこれまでそうした面での役割をすべて松雪に依存して来た。&lt;br /&gt;　松雪が側にいれば西尾は自分のなけなしの感性を振り絞って彼女に対応しなければならないという&lt;br /&gt;　苦しい事態を避けて通ることが出来た訳だ。&lt;br /&gt;　もちろんそれが自分と玲子の二人にとって、好ましい事だとは思えなかったが、&lt;br /&gt;　そうした状況に立ち向かい努力していく余裕は受験生の自分には無かった。&lt;br /&gt;　つまり、今の状況においては、自分たちの関係はもうすでに松雪を抜きにしては成立しないものとなっていたのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「頼むよ。コ、講習会が始まったら、僕はもう彼女にかまってやれなくなるしさ、これが最後なんだよ。&lt;br /&gt;　玲子の家はゴタゴタがなかなか終わりそうも無いし、ナ、何とか少しでも楽しい気分にさせてやりたいんだ。&lt;br /&gt;　松雪だって彼女には元気になってもらいたいだろ？　だって、お前は彼女に随分と世話になったもんな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は電話口で必死に松雪を説得した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「確かにそうだけど・・・　何だかお前、それって、俺のこと脅迫してるんじゃないの？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「やった！　よし、これで決定だ。　ジ、実は彼女には、お前も来るってもう言っちゃったんだ。&lt;br /&gt;　それじゃ、ア、明日７時に例の店で待ってるからさ。あっ、それから、テ、手ぶらでいいからね。&lt;br /&gt;　デ、でも、義理堅い君の事だから、ナ、何かプレゼントがあるんなら、喜んで受け取るけどね。&lt;br /&gt;　それじゃ、よろしく！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「おい、ちょっと待てよ。　俺はまだ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　電話は一方的に切られていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は舌打ちをして受話器を置いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　翌日になっても松雪は迷っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　あの二人の為には、自分は行かない方が良い事は確かだった。&lt;br /&gt;　しかし、あの日の事があってから、松雪は玲子に対して何一つ援助の手を差し伸べる事が出来ずにいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（西尾の前で明る振る舞う彼女の、一人になった時に見せる辛そうな横顔に、俺は何度声をかけそうになった事だろう。&lt;br /&gt;　冬休みが開けたら三年生は自宅学習が多くなる。彼女も就職試験の準備のために美術室には顔を出さなくなる。&lt;br /&gt;　もしかすると今日を逃しては玲子と直接話をする機会は二度と無いかも知れない）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう思うと松雪の気持ちは揺らいだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（もし行かなければ、西尾はきっと納得しないだろう。そして、もしかすると、余計な疑念を抱くかもしれない・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は彼女に会いたいという自分の気持ちを、そうした理由でごまかしながら、出席の決意をした。&lt;br /&gt;　そして、リビングボードの奥に置かれている父親が歳暮に誰かから貰った『カティサーク』をこっそりと抜き出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子はその日、朝から落ち着かなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　実家から戻った母親は、その日の朝も事務的に朝食を作り終わると、出勤する亭主の顔も見ずに自分の部屋でテレビを見ていた。&lt;br /&gt;　父親は新聞を読みながら朝食を半分ほど食べ、いつもと変わらない様子で黙って家を出て行った。&lt;br /&gt;　玲子はいつもならそうした光景にうんざりしながら食器を片付けるのだが、その日の朝だけは別にそれが気にならなかった。&lt;br /&gt;　そうした事を考える余裕すら無かったのだ。&lt;br /&gt;　彼女の心の中にも、今日が松雪とゆっくり話をする最後の機会になるだろうという思いがあった。&lt;br /&gt;　そして、最後まできちんと冷静さを保ち、松雪との『最後の晩餐』をそつ無く終了させようと彼女は考えていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし、その後に彼女が取った行動は、まるで在り来りの女子高生と同じものだった。&lt;br /&gt;　鏡の前で着ていく服をあれこれと合わせて見ては、何度もため息をついた。&lt;br /&gt;　そして、ふと我に返って彼女は心の中でつぶやいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（やっぱり私は最低の女だわ・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はわざと約束の時間を遅れて店に入って行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　イブの前日にもかかわらず店には相変わらず客は少なかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　指定席では西尾と玲子が彼を待っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ヨ、良かった。　来ないかと思って内心ドキドキして待っていたんだ。　まっ、座れよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　嬉しそうに西尾が手招きして言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「こんばんわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子が笑顔で言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女は大きめのサロペットに、暖かそうなフィシャーマンセーターを着ていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あれっ、随分と今日は可愛いカッコしているじゃん」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　精一杯さりげなく松雪は言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「お洒落して来ようといろいろ考えたんだけど、結局はこれになっちゃった」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　恥ずかしそうに玲子は首をすくめた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「デ、でも、似合うよね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾がすかさず言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あぁ、似合ってる」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾の慌てぶりに、笑みを浮かべながら松雪はそう言って席に着いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「今夜はリクエストは何だい？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　マスターが松雪の方を向いて声を掛けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「この幸せそうな二人に、マスターから何かプレゼントしてやってよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　目の前の二人を冷やかすように松雪が言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うん、分かった」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言うと、マスターは『コルトレーン』の『至上の愛』をターンテーブルに乗せた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「なるほどねーぇ・・・　ちょっとキザだけど、夏に雇ったバイトの男よりは、マスターはヤッパいいセンスしてるよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「夏に？　あぁ、あれは大学で『ジャズ研』に入っている学生さんだよ。でも、アイツそんなにセンス悪かった？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あの人に店を任せていたら客層が変わっちゃうよ、マスター」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言って松雪はタバコに火を点けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「その方が経営的には良かったりして・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　マスターは苦笑いで言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「まぁね、それは言えるかも」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾も玲子もそんな二人のやり取りを聞いて嬉しそうに笑った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（よし、滑り出しはまずまずだな・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はバックの中からカティサークを取り出してテーブルに置いた。&lt;br /&gt;　それからマスターの方を振り向くと言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「マスターにもおすそ分けするから、今回だけは持ち込み見逃して下さいねーぇ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「たっぷりおすそ分けして貰うよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　苦笑いでマスターが言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「貴方は寛大なお人だ！　キャー素敵！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はしおらしいポーズを作った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「気持ち悪いなぁ・・・いいから、早く自分で氷を出しなさい。それから、あそこのお客さんにもおすそ分けしてあげてよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「はい、分かりましたキャプテン！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その夜、西尾は上機嫌でコークハイを７杯飲み、玲子はためらいながらも３杯程飲んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はストレートで飲んでいたが、結局最後まで酔うことは出来なかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　酔いが回り、いつになく饒舌になった西尾は目の周りを赤くして松雪の肩を掴んで言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「松雪、お前は、ズ、ずるいよ。そして、欲張りだよ。ボ、僕より剣道の才能もあって、おまけに美術も得意と来てる。&lt;br /&gt;　それなのにまだ満足してない。ボ、僕に無いもの沢山持っているのに、お前は全然満足してない！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「どれも満足出来る程の才能じゃないって事なだけだよ。それに西尾だって俺に無いものを沢山持っているじゃないか」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ナ、何だよ・・・　それって・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「例えば、『優しさ』とか『誠実さ』とか『安心感』とか『将来性』とか『信頼感』とか」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「もう分かった。ソ、それ以上言わなくていいよ。結局は僕は馬鹿だってことだ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いやだなぁ、酔っ払いは・・・　ひがみっぽくなっちまってさ　。本当にもう・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「黙れ！　万年酔っ払いのお前さんに、イ、言われたくないわい！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その時、玲子がぽつりと呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「松雪君が満足する時っていつなんだろうね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「コイツは死ぬまで満足なんてしないよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　とろんとした目で西尾が言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（そうさ、確かにお前の言う通りだよ・・・）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は心の中でそう呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「でもね、ボ、僕は知ってるんだ。コイツはね、ジ、自分が生きているって事に関してだけは、もうとっくに満足しちゃってるんだ。&lt;br /&gt;　ボ、僕はコイツから剣道でいろいろと教わったよ。相手の弱点を見つける方法や、そこを徹底して責め続ける仕方なんかをね。&lt;br /&gt;　デ、でも、ボ、僕にはどうしても真似の出来ない事があるんだ。それはさ、コイツの受け方だよ。&lt;br /&gt;　コイツは胴を狙われたら絶対に竹刀で受けないんだ。ボ、防具の無い肘でコイツは受ける。&lt;br /&gt;　面を狙われたらコイツは肩や首で受けるんだ。刀だったら完全に死んでるよ。&lt;br /&gt;　でも、いくら先生に言われても、ゼ、絶対にコイツは竹刀で受けようとしなかった。&lt;br /&gt;　ア、あの頃のコイツの肘や肩はひどいもんだったよ。ト、特に肘なんか、ミ、水が溜まって二倍くらいに腫れ上がってた。&lt;br /&gt;　ミ、水が溜まった箇所を打たれた時の痛さは、キ、君には想像出来ないかも知れないけど、ソ、そりゃめちゃくちゃ痛いんだ。&lt;br /&gt;　デ、でも、コイツは死ぬのなんて全然怖くないんだ。ム、むしろ、それを利用するのさ。&lt;br /&gt;　コイツは相手の肘や肩や首をわざと打つんだ。ジ、自分が受けた痛みをそっくり相手に返す訳よ。&lt;br /&gt;　ア、相手は痛さにびびって萎縮するだろ？　そのスキにコイツは相手を殺すんだ。ア、相手の防衛本能を利用するんだよ。&lt;br /&gt;　コイツの一番の武器は、シ、死ぬことを全然恐れていないって事なんだ。ボ、僕は、だからコイツが心配なんだよ。&lt;br /&gt;　コイツは死ぬまで酒を飲んで、ホ、本当に血を吐いて死ぬんじゃないかって思ってね。&lt;br /&gt;　そして、モ、もしかしたら、ソ、そのことをコイツ望んでいるんじゃないかと思ってさ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「西尾、お前、ちょっと今日はしゃべり過ぎだよ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　低く沈んだ声で松雪は言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うっ、なんか、気持ち悪い・・・　ちょっと　ベ、便所行って吐いて来るよ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は口を押さえてトイレに向かってよたよたと歩いて行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「おやおや、参ったなぁ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その情けない後ろ姿を見つめて、松雪は困ったような笑みを浮かべた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あの人、ちゃんと貴方の事を分かっているのね・・・そして、本気で心配してる」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ポツリと玲子は呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「君の事だって分かっているよ。そして、奴は本気で君のこと心配してる」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうね・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうさ・・・本当に奴は優しい奴だよ」 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「でも『優しさ』は『弱さ』なんでしょう？貴方は確かそう言ったわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いや、君に対しては、奴の『優しさ』は『強さ』になっているよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうね・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうさ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　二人は互いの目をじっと見つめていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ねぇ、あの約束は忘れないでね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「約束？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「忘れちゃったの？　どんな事があっても生きていてって言ったでしょう」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あぁ、その事か・・・　分かってるよ。取り敢えず、死ぬ時まで生きてみるさ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「『死ぬ時まで生きてみる』か、貴方らしい言い方ね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その後、西尾は一時間ほどテーブルで眠り、何とか酔いを醒ますと、少しふらつく足取りで店を出て行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は心配そうに彼の後を付いて行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は店の後片付けを手伝っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「松雪君も、もうすぐ卒業だね。この町からやっぱり出て行くんだろ？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　カウンターの上におしぼりを広げて干しながらマスターが言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「札幌で花の浪人生活ですよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「それでも、若いって事はいいことだよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうかなぁ・・・俺は早く落ち着きたいですよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　マスターはショートピースに火を付けると、うまそうに煙りを吐き出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「松雪君を見てると大学の頃の友人を思い出すよ。&lt;br /&gt;　あの頃は学生運動が盛んで、ほとんど大学は休講でさ、いつも喫茶店でダベってた」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　遠くを見るような目で、マスターは言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「それじゃ、マスターって大学出てるんだ。凄いね、尊敬しちゃうなぁ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いや、中退だよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言ってマスターは頭を掻いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺に似ている友達ってどんな人だったの？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　スピーカーの上に肘をついて松雪はマスターの顔をじっと見つめた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「変わった奴だった。皆がデモとかで必死になっている時でも、アイツだけはいつもシラケていて、&lt;br /&gt;　いつだったか『時代は変わらない』なんて言って、仲間から袋だたきにされてた。&lt;br /&gt;　今、思うと奴は本筋を見ていたのかもな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「その人は今どうしているの？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うん、突然、消えちゃった。一言の挨拶も無しでね。今頃どうしているのかね・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうか、その人に俺って似てるんだ・・・&lt;br /&gt;　マスター、俺さ、その頃の人達の事を時々無償に羨ましく思うんだよ。&lt;br /&gt;　自分がその時代に生まれていたら、もっと上手く『青春』出来たんじゃないかなんて考えてね。&lt;br /&gt;　でも、その人に似ているんなら、俺はその時代でもやっぱり今と変わらない生き方しかしていないのかもね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「悪い事言っちゃったかな。でも、俺なんかから見ると、松雪君は今でもちゃんと『青春』してるよ。&lt;br /&gt;　ちょっと屈折してはいるけどね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「何だ、やっぱり屈折しているんじゃないですか。それってちっともフォローになってないよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ごめん、ごめん」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　マスターは、顎ひげをなぞりながら黄色い歯を見せて笑った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　シャッターを閉めると、外は新雪で真っ白だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　見上げれば真っ黒な闇の中から、大粒のぼたん雪がスローモーションのように、ゆっくりと降り続いていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「今日はいろいろとご迷惑掛けました」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「手伝ってもらって助かったよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「それじゃ、おやすみなさい」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は深々と頭を下げた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「おやすみ・・・　松雪君、頑張れよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　顔を上げると、マスターが優しく彼を見つめていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「やだなぁ・・・　泣きそうになるから、そんな事言わないでよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は手を振って駆け出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　街灯に照らされた真っ白な街の風景が、松雪の目の中で大きく歪んでこぼれ落ちて行った。&lt;br /&gt; 　　　　&amp;nbsp; &amp;nbsp;&amp;nbsp; &amp;nbsp; &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　三学期が始まると、授業をまともに聞いている者などはほとんどいなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　教師たちも消化するべき内容をただ板書するだけで、時間が来るとさっさと帰っていった。&lt;br /&gt;　短大を受ける女たちは、受験科目の問題集を広げては、何やら悪あがきに近い記憶力テストをお互いに繰り返し、&lt;br /&gt;　就職組も一般教養に備えて同じような事を行っていた。&lt;br /&gt;　成績の良い玲子はそんな奴らの引っ張りだこで、皆からいつも質問攻めにあっていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はひたすら眠り続け、授業が終わると美術室にこもって、一、二年とは隔離された場所でデッサンに取り組んでいた。&lt;br /&gt;　西尾は玲子と一緒に、一週間に一度くらい息抜きに松雪の所に顔を出したが、挨拶程度に言葉を交わすと、いつもすぐに帰って行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、就職組の中からぼちぼち内定者が出始めた頃、受験に備えての自宅学習が始まり、&lt;br /&gt;　学校に出て来るのは補習希望の数人の生徒たちだけになった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は気が向いた時間に登校すると、誰もいない美術室の別室で一人でデッサンをしていた。&lt;br /&gt;　出来上がった作品は、どれも合格レベルに達していない事を実感させ、描き続けるだけ無駄な事のように彼には思えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして大学入試は、松雪にひとかけらの期待すら抱かせること無くあっけなく終わった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は卒業式には出席したが、卒業証書を受け取ると、別れを惜しんでいるクラスの連中の横を素通りして誰よりも先に校舎を後にした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その日、西尾と玲子が松雪を探しに来た時には、もう既に彼の姿は消えていた。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　家に帰ると家族は父親の転勤に伴う引っ越しの準備で慌ただしく働いており、&lt;br /&gt;　彼も札幌での一人暮らしに備えて、最低限の生活用品をダンボールに詰め込んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　大学からの不合格通知を受け取るとすぐに、彼は一人で札幌に向かい、家族は美瑛に移って行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その間、彼は何も考えてはいなかった。　否、何も考えようとはしていなかった。&lt;br /&gt;　友との別れも、これから始まる新しい生活の事も何一つ松雪には考えられなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼はそうして高校生活に終止符を打った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は札幌の大学に通うようになって１カ月が過ぎた頃、自分と同じ下宿の先輩の一人に強引に勧められ&lt;br /&gt;　大学内のボランティア団体に所属する事になった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は旭川市内の広告代理店に就職し、そこでの慣れない雑用に日々追われていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾が下宿暮らしという事もあって、玲子の方からの電話はあまり無かったが、手紙による二人の交流は頻繁に行われていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾はその手紙の中で、新しい環境の中で出会う様々な体験や、サークル活動で得た感動的な出来事を熱っぽく書き綴った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は社会人になって初めて理解することの出来た『自立』という事の意味や厳しさを、&lt;br /&gt;　まるで己に言い聞かせているかのように切々と訴えていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　二人はそれぞれ視点の高さは異なってはいたが、『現実』というものを真剣に見つめて立ち向かって行くという点において、&lt;br /&gt;　お互いに共通した考えを抱いていると感じていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は手紙の中で、『こうした事に関して松雪なら一体なんと言うだろう』という表現を何度も使った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は『松雪』というその名前を目にする度に、複雑な感情に捕らわれた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪が転居先の住所も告げず、二人の前から去って行った事を考えると、玲子の中にやり切れない思いが広がった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし、松雪との関係は、あの日ですべて終わっていた。&lt;br /&gt;　その事は彼女自身も納得していた。いや、納得しようとしていた。&lt;br /&gt;　彼女は結局、『西尾』という男を選び、自分にとっての『平穏』を選んだのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は定期的に民間の福祉施設に通っていた。&lt;br /&gt;　そこでは、彼を必要とする多くの人々と仕事が待ち受けており、自分という存在が誰かに必要とされることの喜びを彼はその場で満喫していた。&lt;br /&gt;　そうして、彼の大学一年目の生活は、新たな生きがいと喜びに満ちあふれ、慌ただしくも充実したものとなって過ぎて行った。&lt;br /&gt;　大学における学業成績は決して満足出来るものでは無かったが、必要単位はすべて消化しており、留年は免れることは出来そうだった。&lt;br /&gt;　そして、西尾の玲子に対する思いは何一つ変わらず、卒業後の『結婚』という計画に沿って物事はすべて着実に進められていた。&lt;br /&gt;　&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　やがて季節は一巡し、春休みに入ったばかりのある日のことだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は福祉施設の要請で、地下鉄の売店のわきに設置された、聾唖者の働くケーキ売り場での品物の搬入の仕事を手伝っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　追加の品物を陳列棚の下に置き、空箱を所定の場所に積み上げると、彼は額の汗を拭った。&lt;br /&gt;　そして、制服の二人の女性に挨拶をし、その場を離れようとした時、彼は地下鉄から吐き出されて来る人の流れの中に松雪の姿を見つけた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　黒のコートに両手を突っ込み、うつむき加減に猫背の松雪が歩いていたのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「松雪！　松雪！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その声に振り向いた彼は、西尾の姿を見ると一瞬不思議そうな表情を作った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、声の相手が西尾であると分かると、松雪はいつもの照れたような笑みを浮かべて右手を上げた。&lt;br /&gt;　西尾は駆け寄り、松雪の腕を力強く掴んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「オ、オ、オ、オ、お前・・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「久しぶりだな、元気そうじゃないか。何やってんだよ、そんなカッコして。ケーキ屋のバイトでもしてんのか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言った松雪の痩せた顔には、この一年間の苦悩が見て取れた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ナ、何を言ってるんだ。オ、お前、なんで黙って消えたんだよ。ジ、住所も連絡先も分からないから、ズ、随分心配してたんだよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は焦る気持ちを落ち着かせながら、言葉を一つ一つ飲み込むようにして言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうか、悪かったな。ちょっと考える事があってさ。バイト終わったのか？　終わってるんなら、どっかでコーヒーでも飲もうや」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから二人は地下街の喫茶店に入った。&lt;br /&gt;　ようやく落ち着きをみせた西尾は、松雪の顔をまじまじと見つめると、優しい声で言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「オ、お前、随分痩せたなぁ・・・　ちゃんと食べているのか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は不精髭をなぞりながら、青白い顔で静かに笑った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あぁ、何とかやってるよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は、松雪が自分たちの前から突然いなくなってしまった日から今日までの事を、かい摘まんで話して聞かせた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「松雪、お前、今何処に住んでいるんだ？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「北７条東８丁目、駅の北口から割りと近いアパートだよ。物凄いボロで狭い部屋だけど交通の便はいい所だ。&lt;br /&gt;　だけど、明後日で、そこともオサラバだけどな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「オサラバって引っ越すのか？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あぁ、俺さ、三流だけど東京の美大に受かったんだよ。これで花の浪人生活ともお別れだ。&lt;br /&gt;　お前に一年ばかり遅れたけど、俺もようやく大学生の仲間入りって訳だな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうか！　やったな、オ、おめでとう。&lt;br /&gt;　玲子が知ったらきっと喜ぶよ。そうか、受かったのか・・・良かったな・・・&lt;br /&gt;　ダ、だけど、という事は、せっかく僕たち会えたのに、今度はもっと遠くに離れてしまうんだな・・・&lt;br /&gt;　オ、お前、今度はちゃんと住所知らせろよ。僕の下宿の連絡先をメモして置くからさ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あぁ、分かった。　あっちで宿が決まったらすぐに手紙書くよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は西尾から手渡されたメモを小さく折ると、それをポケットにしまい込んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　一時間近く二人はそこで話し合い、再会を約束して別れた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし、松雪からの手紙が西尾の元に届く事はその後もなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、それが二人の最後の別れとなった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ねぇ、私のマンションに来てくれない？&lt;br /&gt;　西尾君が私にくれた手紙を見て欲しいの」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　黒いカシミアのマフラーを、尖った顎の先までつまみ上げながら寒そうに玲子が言った。&lt;br /&gt;　松雪は黙ったままで小さく頷いた。&lt;br /&gt;　そして、二人はタクシーに乗り込んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子の暮らすマンションの一室は、彼女が独りでいる事を松雪に実感させた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　勧められてソファーに座ると、彼女はグラスにウイスキーを注いで松雪に差し出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪はそれを一気に飲み干すと、昔と変わらぬ暗い瞳で空のグラスを見つめた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「貴方には彼の死に方がもう分かっているみたいね・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は静かに言うと、自分のグラスにウィスキーを注いだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「自殺したのか・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　曇った声で松雪が呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は悲しく暗い笑みを作り、顔を上げるとしっかりと松雪を見据えて言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうよ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「聞かせてくれないか・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　真剣な松雪の眼差しが彼女に向けられた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「えぇ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから、彼女は西尾に起こった出来事を静かに語り始めた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾は大学二年の夏に自動車事故を起こし、同乗していた一人の少女に大怪我を負わせてしまった。&lt;br /&gt;　少女は彼がボランティアの仕事で通っていた施設の聾唖の子で、西尾はまるでその子を自分の妹のように熱心に世話をしていた。&lt;br /&gt;　医師から少女の左足に怪我の回復後も機能障害が残る事を知らされると、&lt;br /&gt;　彼は自分が少女に対して二重の障害を背負わせてしまった事に立ち直れない程のショックを受けた。&lt;br /&gt;　彼の精神状態はその後次第に不安定なものとなり、西尾は大学三年の留年が決定すると同時に大学を辞め旭川の実家に戻った。&lt;br /&gt;　しかし、実家に帰ってからも彼の症状は悪化を続け、半年後ついに彼は精神科に入院した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「これが彼が病院からくれた手紙なの。貴方のことも書いてるわ。読んでくれる？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は松雪の前に懐かしい筆跡の便せんを差し出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『前略、先日は面会に来てくれてありがとう。君の気遣いには本当に心から感謝しています。&lt;br /&gt;　あの日はろくに話もしなくて申し訳ありませんでした。あの時、僕は君の顔を見ながら考えていたのです。&lt;br /&gt;　それは君と僕のこれからの事です。実は今、僕はそろそろ君から独立しなければならないと考えているのです。&lt;br /&gt;　君の未来には無限の可能性が残されています。&lt;br /&gt;　恐らく君ならば、あの『平穏な暮らし』というものを容易に手に入れる事が出来るでしょう。&lt;br /&gt;　しかし、その相手は僕では無いのです。僕にはもはや君と一緒に夢を追う資格はありません。&lt;br /&gt;　僕は君から独立して君を自由にしなればならないと思うのです。&lt;br /&gt;　僕は福祉施設のあの少女の未来を奪い、その上、君の未来までも制限しようとしています。&lt;br /&gt;　それは僕の意志に反する事です。僕はもう大丈夫です。&lt;br /&gt;　ですから、どうかこれ以上僕にかかわらないで下さい。&lt;br /&gt;　君にはもう僕から離れて自由に自分の未来を探して欲しいのです。&lt;br /&gt;　そして、最後にこれだけは言っておかなければなりません。&lt;br /&gt;　僕はここに来ていろいろと考えました。そして気づいたのです。&lt;br /&gt;　それは僕たちの前から松雪が去って行った理由です。&lt;br /&gt;　松雪は恐らく君のことを愛しているのだと思います。だからこそ連絡をして来ないのです。奴はそういう人間です。&lt;br /&gt;　そして、間違っていたならどうか許して欲しいのですが、君も松雪を愛しているのではないでしょうか。&lt;br /&gt;　君が松雪の話題を避けているのは、本当はそうした理由からなのでは無いでしょうか。&lt;br /&gt;　君と松雪はとても良く似ています。住む世界が同じなのです。僕はその事だけは以前から感じていました。&lt;br /&gt;　松雪は僕がこれまで出会った人の中で一番優しい人間です。僕は君と同様に彼を大切に思っています。&lt;br /&gt;　どうか探してあげて下さい。&lt;br /&gt;　僕たちに連絡をして来ないうちは、君に対する奴の気持ちが変わっていないという証拠なのです。&lt;br /&gt;　君たちが幸せになれる事を僕は今心から望んでいます。　　　　　　　　　　　　　　　　　さようなら　　』&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　手紙を読み終えると、松雪は新たにつがれたウイスキーを再び一気に飲み干し、そして低く呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あの馬鹿が・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は松雪のグラスに三杯目のウイスキーをゆっくりと注いだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「この手紙から二カ月して彼は退院したの。そして、その丁度一カ月後に死んだのよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　平静を装って発したはずの彼女の声は微かに震えていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾はその日の朝、薬局で大人用の紙おむつを購入し、実家の使われていない納屋の一つに入ると&lt;br /&gt;　用意した青いビニールシートを床に広げ、ロープをはりにくくり付けた。&lt;br /&gt;　それから着ている服をすべて脱ぎ、それを少し離れた場所にたたんで置くと、&lt;br /&gt;　紙おむつを付け　脚立に上り、それを蹴り倒した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　声の震えを必死で押さえ、絞り出すように語る玲子の声が、松雪の心を悲しみで満たして行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　西尾が自分の死後の処理を気遣い、着衣を脱ぎ、紙おむつを付け、足元にはビニールシートまで敷いていたということが&lt;br /&gt;　松雪には哀れでならなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「私が彼を追い詰めたのね・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　震える指先でグラスを持つと、玲子は苦しげに口をつけた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうじゃない・・・そうじゃないよ・・・ただ・・・&lt;br /&gt;　ただ、うまく行かなかったんだ。&lt;br /&gt;　うまく行かなかったってだけの事なんだ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まるで西尾自身に語りかけるように、松雪は握り締めた便せんの文字を見つめて呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうかも知れないわね・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　冷たい部屋の中に、ヒーターから吹き出すの温もりがゆっくりと広がって行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「その事故さえなかったら、君たちはきっと上手にレールに乗れたはずだよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「私、取り返しのつかない失敗が自分の人生に起こるなんて、想像もしなかった・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子はそっとイヤリングをはずすと、それをテーブルの上に置いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ほとんどの人は、そんなこと考えて生きてなんていないさ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は静かに手紙を畳んだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「だから生きて行けるのかしら・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「多分ね・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「だけど、取り返しのつかない事って、誰にでも起こり得るのにね・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ヒーターの低いモーター音だけが、二人の周囲に重く響いていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「運よく物事がうまく行ってる人にばかり目をやっているから、そんな錯覚に陥るのかもな・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言うと彼はタバコに火を点けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、独り言のように呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「よく『子供達の為に明るい未来を』なんてもっともらしい事を言うけど、&lt;br /&gt;　『明るい未来』って奴に一体どれほどの価値があるんだろうな。&lt;br /&gt;　『継続』って奴にどれほどの意味があるんだろ。&lt;br /&gt;　結局、苦しまないでいる時間をどれだけ多く過ごせるかってだけの事なんじゃないのかな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「私が望んでいたのも、結局はそういうものだったような気がするわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「君の例の『平穏』って奴は訪れたのかい？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は口元だけに笑みを浮かべると、あの頃と同じ声で静かに答えた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「えぇ、多分これがそうだと思うわ。　こうして、独りでいることが・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪にはその短い言葉だけで、彼女が長い年月の間に見つめて来たものがすべてが理解できた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺もそう思うよ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は煙を見つめて低く呟いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「私、正直言うと彼よりも貴方の方が先に死んでしまうのじゃないかと思ってた・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　長い髪を掻き上げて彼女は言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺もそのつもりだったさ。　楽しめるものが自分の周りから何一つ無くなって、『苦しみ』だけしかなくなったなら、&lt;br /&gt;　俺もさっさとこの世とオサラバするつもりだった。『吊るされる』のは、西尾より俺の方が先だと信じてた」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そう、やっぱりね・・・　でも、『吊るされる』って・・・　自分から『首を吊る』のじゃないの？　」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「西尾は『吊るされた』んだよ・・・　アイツはガキの頃から追い詰められて来た。&lt;br /&gt;　差別って奴は付きまとう程に傷口を根深くしていくって、いつか奴が言ってた。&lt;br /&gt;　そして、自分にはそいつが一生付きまとうって感じたとき最大限の苦痛を味合わされるんだとも言ってたよ。&lt;br /&gt;　だから、奴が自ら首を吊ったとしても、それは『吊るされた』って事と何ら変わりが無いのさ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「貴方は誰に『吊るされる』の？　」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「俺かい・・・　俺は多分自分にだろうな・・・　でも、誰かが俺に変な約束させちまったからさ。&lt;br /&gt;　取り敢えず俺は『死ぬ時まで生き続ける』って事になったんだよ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「覚えていてくれたのね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あれは俺にとっては呪いの呪文だったよ。　でも、そのお陰でこうして君にまた会えたんだけどね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪は優しくほほ笑んで顔を上げた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから、ゆっくりと部屋の中を見回した。&lt;br /&gt;　灰色が基調となって統一されたその部屋は学生の頃、彼女が『牢屋』と呼んでいた部屋と何処か少し似ているような気がした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ごめんなさいね・・・でも、覚えていてくれて嬉しいわ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼を見つめる玲子の顔にはあの頃の悲しい少女のほほ笑みが宿っていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「君は今でも『牢屋』に暮らしているのかな」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「なかなか釈放してくれる人が現れないのよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「慰問にくる人はいないの？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「冷やかしは御免だから、慰問は断って来たの。　囚人の立場で生意気でしょう？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いや、君らしいよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう言うと彼はうつむいて静かに笑った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「松雪君、来てくれる？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「慰問に？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「えぇ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「差し入れは何がいい？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうねぇ・・・」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　松雪の耳のずっと奥の方で、女の低い声が聞こえていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それは暗い闇の中から生まれたあの『浅川マキ』の歌う『ビリー・ホリデー』の『奇妙な果実』の悲しい歌声だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　やがてその声は黒い大きな塊となり、次第に人間の形に変わって行く。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それが吊るされた黒人奴隷の姿だということを松雪は知っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、ゆっくりと左右に揺れる黒人奴隷の姿は、やがて吊るされた友の姿に変わり、&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いつしか松雪自身の姿となり、最後に玲子の姿に変わると、また静かに闇の中に沈んで行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今、松雪のいなくなった部屋で玲子は独りウイスキーを飲んでいる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　テーブルの上には西尾の最後の手紙だけがそのままに置かれていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　不意に彼女は立ち上がり、奥の部屋の一角をじっと見つめた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女の視線の先には鏡台があり、その上には一枚の写真が飾られている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　玲子は鏡台の前に歩み寄り静かに座ると、その一番下の引き出しの中からレイバンのサングラスを取り出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、ゆっくりとそれをかけた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女の前に置かれた色あせた写真の中では三人の高校生がサングラスをかけて楽しそうに笑いながらポーズを作っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女のサングラスの奥から一筋の涙が伝って落ちた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 「完」&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>amasita</dc:creator>
<dc:date>2008-03-25T17:19:35+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://amasita123.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_8486.html">
<title>トイチ</title>
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<description>　『トイチ』は子供が好きだった。 小学校の運動会を知らせる花火が澄んだ空に鳴り響...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=320,height=427,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://amasita123.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/02/27/kare_top.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Kare_top&quot; height=&quot;133&quot; alt=&quot;Kare_top&quot; src=&quot;http://amasita123.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/02/27/kare_top.jpg&quot; width=&quot;100&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;FLOAT: left; MARGIN: 0px 5px 5px 0px&quot; /&gt;&lt;/a&gt; &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　『トイチ』は子供が好きだった。 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小学校の運動会を知らせる花火が澄んだ空に鳴り響くと、彼は決まって山の麓の家からお気に入りの黒い長靴を引きずり下りて来た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ひとぉーつ、ふたぁーつ、みぃーつ・・・」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　赤と白の玉が空高く投げ上げられる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;トイチは口を尖らせ、身を乗り出すようにして、その玉の軌跡を目で追う。いびつに曲がった片足、浅黒い顔と奇妙な形で突き出している二本の前歯・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「赤の勝ちでーす！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　メガホンからの声に、大きな拍手と子供達の金属的な歓声が沸き上がる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ジリジリと肌を焦がす炎天下のグランド。 ゆらめく陽炎の中で、玉入れの競技が終わった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;遠くで正午を告げるサイレンが聞こえ、アナウンスが子供達にお昼の休憩を知らせると、彼らは蜘蛛の子を散らしたようにテントの中から飛び出し、ポプラの木陰で弁当を広げる親たちの元へと駆け出して行った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　トイチは一人グランドの片隅、真っ白な日差しと、むせ返る熱風の中、腕を組み、ただじっと立ち尽くしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;薄汚れた開襟シャツ、ひざが抜けたズボン、曲がった片足を補うためか、上体を不自然な形にねじ曲げながら、トイチはただじっと立ち尽くしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　子供達のいなくなったテントには、親の来ていない数人の子供だけが寂しい黒い小さな影となって残されている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;浮かれ騒ぎに高揚した人々の目には、そんな彼らの姿は映らない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はそっとテントに近づく。 そして、その中に同じクラスの友の姿を見つけた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼は早くに母親を病気で亡くしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;普段は人一倍陽気な彼も、仲間のいないテントの中では、ただのちっぽけな影の一つだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;子供達は何故か寄り添うこともせず、それぞれのリュックから弁当を取り出す。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どの子の後ろ姿も同じように見えた。 同じように色あせて、くすんで見えた・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　友はこっそりと自分のリュックを開け、大きな新聞紙のかたまりを取り出すと、おもむろにその包みを開いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;中からは明らかに自分の手で握られたと思われる大きな『おにぎり』が出て来た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その時、私は気づいていた。トイチが彼らを見ていたことを・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　母親の呼ぶ声に振り向くと、遠くシラカバの木の下で家族が私を手招いていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は急いで家族の元に駆け寄った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;芝生の上に色とりどりの御馳走が並べられている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;父親は姉をひざの上に抱き、隣に座る親戚のおじさんに自分の娘の足の速さをしきりに自慢している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は大きな卵焼きを口いっぱいに詰め込んで、精一杯の愛想笑いを浮かべた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　３０分もすると、満腹になった子供達はじっとしていることが出来ずに、グランドの脇に建てられたいくつかの出店の前に集まり始めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私もその中の一人に混じり、親からもらった３０円を握り締め、アイスキャンデーを売る出店に向かって駆け出した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その時だった。 私はテントの中で３人の子供に囲まれたトイチの姿を見つけた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は足を止め、ゆっくりと彼らのテントに歩み寄って行った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それは優しい光景だった・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼らは何も語らず、ただ静かに過ぎ行く時を見つめていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼らの中に入って行けないことは自覚していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それでも私は彼らと一緒にいたかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼らを包む優しい空気の中で、いつまでも静かに寄り添っていたかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「オイ、見てみろよ。トイチが俺たちのテントに上がり込んでるぞ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私の背後で声がした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ヤダー。何よ、あの人。コワーイ！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「おーい、トイチがいるぞー！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　気が付くと私の周囲には、既に数人の子供達が集まり始めていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「気違いトイチ！お前、何やってんだよ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「お前なんか山に帰れよ！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「トイチは帰れ！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「トイチ！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「トイチ！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「トイチ！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　子供達は跳びはねながら、大声ではやし立てた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;トイチは脅え切った目で、おどおどと周囲を見渡した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;狂ったような笑い声がテントを包み込むと、いつの間にかトイチを囲んでいた３人の子供の姿は消えていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そしてテントの中には、不安に脅え、立ち上がることも出来ない哀れな男がポツンと一人、取り残されていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　子供達の狂気は加速度を増し、とうとうその中の一人がトイチに向かって石を投げ付けた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、その石はトイチの鼻に見事に命中した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は思わず、その石を投げた子供を睨みつけた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼は５年生で見たことのある顔だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;トイチは鼻を押さえ、言葉を出せぬ者独特のかん高い声を発した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、その声はとめどなくあふれ出る赤い血にすぐにせき止められた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;流れる鼻血を両手で押さえ、トイチはその場から逃げ出そうと必死で立ち上がった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その姿に子供達は脅え、叫び声を上げた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;石を投げた子供はグランドに飛び出すと、大袈裟に助けを求めて駆け出した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;トイチは自分が何一つ危害を加えるつもりはないことをその子に伝えようと、必死で少年の後を追った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;長靴を引きずり、大きく身体を左右に揺らしながら、必死で少年の後を追いかけた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、その時の姿は、誰の目にも彼が少年に襲いかかっているようにしか映らなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大人たちが一斉にトイチに向かって駆け寄って行った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;トイチはあっと言う間に数人の男たちに取り押さえられた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼の細い腕はいくつもの屈強な腕によってねじ上げられ、鼻血で染まった彼の顔は焼け付いたグランドの上に力&lt;br /&gt;任せに押し付けられた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私はすべてを見ていた・・・そして、何もかも知っていた・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、私は『何も出来ず』、『何も言えず』、ただ（ちがう！　ちがう！）と、心の中で叫び続けていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私の目の前をトイチが引きずられて行く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;言葉にならぬ「むーぅ、むーぅ」という悲しい声を上げて・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その後、運動会は何事もなかったかのように進められた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;グランドにはトイチの流した赤い血が、小さな黒いシミとなって残っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、私の耳に、彼の「むーぅ、むーぅ」という声がいつまでも繰り返し聞こえていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その日を境に、トイチの姿は町から消えてしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は何度か山の麓の彼の家に足を運んだのだが、その度見たのは肩を落として座り込んでいるトイチの年老いた親たちの姿だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その後、しばらくして私は母からトイチの消息について聞かされた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その話によると、彼は遠く離れた病院に強制的に入れられたという事だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、これも後で分かったことだが、あの石を投げた子供の親は、この町の有力者だったらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もしかすると『町の浄化運動』を口実に、あの子の親が息子の『仇』をそうした形でとったのかも知れない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;加えて、私がその時の母の話の中で驚かされたことがもう一つだけあった。それはトイチの年齢だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どう見ても二十歳そこそこにしか見えないあのトイチが、実は３３歳にもなっていたというのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、あの日から２４年が過ぎた今、私は彼と同じ３３歳になろうとしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　脳に障害を宿し、口もきけず、不自由な片足を持つ『トイチ』という男を私は知っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　山の麓の小さな家で、年老いた両親と静かに暮らしていた『トイチ』という男を私は知っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　炎天下の日差しの中で、子供達の駆け回る姿を優しく見つめていた『トイチ』という男を私は知っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　血を流し、引きずられ「むーぅ、むーぅ」と、小さな声で涙を流していた『トイチ』という名の悲しい男を私は知っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　トイチは子供が好きだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　トイチは子供が大好きだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして、私は何も言えなかった・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そして、私は何も言わなかった・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それが１９**年、やけに暑かった運動会の日の出来事である。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>amasita</dc:creator>
<dc:date>2008-02-27T18:47:56+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://amasita123.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_61bf.html">
<title>「最終兵器」ユウジ　その２　(-｡ -; )</title>
<link>http://amasita123.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_61bf.html</link>
<description>その後も私のユウジに対する特訓は続き、その特訓の効果が徐々にあがっていたある日の...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=80,height=70,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://amasita123.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/02/26/a029ani.gif&quot;&gt;&lt;img title=&quot;A029ani&quot; height=&quot;87&quot; alt=&quot;A029ani&quot; src=&quot;http://amasita123.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/02/26/a029ani.gif&quot; width=&quot;100&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;FLOAT: left; MARGIN: 0px 5px 5px 0px&quot; /&gt;&lt;/a&gt; &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その後も私のユウジに対する特訓は続き、その特訓の効果が徐々にあがっていたある日のこと&lt;br /&gt;彼からバイト先に意外な電話が入ったのであります。&lt;br /&gt;「ねぇ、明日はバイト休みでしょう？俺の部屋で一緒に飲もうよ。ふふふ…」&lt;br /&gt;何やら嬉しそうに話す彼に私は一抹の不安を抱いたのでふ。&lt;br /&gt;「いいけど…お前、何かいやらしいこと考えてんじゃない？」&lt;br /&gt;「違うよ！俺もかなり酒に強くなったしさ…それに…ちょっと会わせたい人もいるし…」&lt;br /&gt;「なに？！まさかお前、彼女とか出来たんか？」&lt;br /&gt;「ふふふ…まぁね。今度の彼女けっこう可愛いんだ」&lt;br /&gt;「なるほどね。そう言うことか…」&lt;br /&gt;どうやら彼は私と彼女に自分が酒に強くなったことを自慢したかったらしいのでふ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、私は翌日、彼の部屋へと向かったのでふ。&lt;br /&gt;バイト先の店から勝手にいただいた高級シャンパンと安物のジンを祝杯用に持参しながら…&lt;br /&gt;「さぁ、入って！彼女紹介するからさ！」&lt;br /&gt;ユウジの今度の彼女は彼の言うように、なかなかの美人で短大の１年生ということでした。&lt;br /&gt;彼女の持参した手料理をつまみながら、私たちは高級シャンパンで乾杯したのでふ。&lt;br /&gt;しかし、普段「ウォッカ」を飲んでいる私のような者にとって、「シャンパン」なんぞという代物は&lt;br /&gt;サイダーかスプライトに毛が生えたようなもんで、酒とは認めることが出来なかったのでふ…&lt;br /&gt;「お前と彼女はまだおこちゃまだから、二人でシャンパンでも飲んでなさい。んでね、悪いけど&lt;br /&gt;私は大人だからちゃんとしたお酒を飲むことにいたしますわ」&lt;br /&gt;　私はそう言って自分用にと持ってきたジンを勝手に飲みだしたのでした。&lt;br /&gt;１時間ほど経過した頃でした。ユウジの彼女はほんのりと頬を赤く染めながら大学のゼミの話なんぞを&lt;br /&gt;楽しげに話しておったと思います。&lt;br /&gt;（ん～ん、この娘なかなか可愛いな…ユウジにはもったいない…）&lt;br /&gt;　私が大きな眸で明るく話す彼女を見ながら不謹慎にもそんなことを考えていた時でした。&lt;br /&gt;「よ～し、俺も「大人の飲み物」を飲むぞ！シャンパンなんかおこちゃまの飲み物だ！&lt;br /&gt;さぁ、俺にもジンをついでくれ！」&lt;br /&gt;すでにシャンパンで酔っぱらっているユウジが突然叫んだのでふ。&lt;br /&gt;「お前、やめておきなさい。彼女の前だからって、そんなに頑張るこたぁないって…」&lt;br /&gt;「そうよ。もうじゅうぶん酔ってるじゃない。それ以上飲んだら…」&lt;br /&gt;「うるへ～ぇ！俺は飲む！飲むったら飲むんだ～ぁ！」&lt;br /&gt;彼は私の手からジンをひったくると、私のマネをしてボトルから直接飲み始めたのでありまふ。&lt;br /&gt;（ごく…ごく…　ご…　ごっ！　）&lt;br /&gt;突然、彼の動きが止まり、静寂が部屋を包み込んだのでありまふ…&lt;br /&gt;そのとき我々が共有した静寂。あの緊迫した沈黙の長さを私はいまだに忘れることが出来まへん。&lt;br /&gt;なんともイヤ～なあの雰囲気…&lt;br /&gt;彼はビンに口をつけたまま、電池切れのロボットのように固まったままです…&lt;br /&gt;「やっ…ヤバイよ。君、ちょっと避難した方がいいかも…」&lt;br /&gt;私が彼女にそう言いかけた時です。　ユウジの手からジンのボトルが滑り落ちました。&lt;br /&gt;「うぅっ…ん～！　ん～！」&lt;br /&gt;　彼は両手で口を押さえ苦しそうな声を発したのでふ。&lt;br /&gt;「まっ、待て！そこで吐くな！今、ゴミ箱を持ってくるから、ちょっと我慢していろ！」&lt;br /&gt;　ユウジは（もう、待てない！）といういう表情で必死で首を振りました。&lt;br /&gt;「わかった！わかったから、おとなしくしててくれ！」&lt;br /&gt;　泥酔したユウジがすでに正気を失っていることは、私にも泣きそうな眸で彼を見上げている彼女にも&lt;br /&gt;一目瞭然でした。&lt;br /&gt;そして、イヤイヤをするときの子供のように狂ったように首を振り続ける彼の目が徐々に白目に&lt;br /&gt;なっていったのでありまふ。（オカルトだ…　まるでエクソシストだ…）&lt;br /&gt;「君、早く逃げるんだ！早く…あっ！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ドブブブブブブ～ゥ！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　遅かった…　そうです、もう遅かったのでふ…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;首を振り続ける彼の口から機関銃のようにゲロが連射されてしまったのでふ。&lt;br /&gt;すでに正気を失っていたユウジは制御不能の殺人マシーンと化していたのでふ…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、その最も大きな被害をこうむったのは逃げ遅れた彼女でありました。&lt;br /&gt;ユウジの口から乱射されるシャンパンとジンと胃液で溶けた鶏の唐揚をふんだんに含んだ&lt;br /&gt;酸っぱい臭いのする液体を彼女は全身で受け止めてしまったのでふ…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後のことを私はこれ以上書くことは出来ません…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これが長い間、彼と私の間で極秘扱いとされていた&lt;br /&gt;　　　伝説の「機関銃ゲロ事件」の真相なのでありまふ…&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>amasita</dc:creator>
<dc:date>2008-02-26T18:16:33+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://amasita123.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_e6f6.html">
<title>最終兵器「ユウジ」その１　(-｡ -; )</title>
<link>http://amasita123.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_e6f6.html</link>
<description>昔、ワシの友人に「ユウジ」というまったく酒の飲めない奴がおりやした。 ユウジの夢...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=206,height=263,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://amasita123.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/02/25/jyunnjisann.jpeg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Jyunnjisann&quot; height=&quot;127&quot; alt=&quot;Jyunnjisann&quot; src=&quot;http://amasita123.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/02/25/jyunnjisann.jpeg&quot; width=&quot;100&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;FLOAT: left; MARGIN: 0px 5px 5px 0px&quot; /&gt;&lt;/a&gt; 昔、ワシの友人に「ユウジ」というまったく酒の飲めない奴がおりやした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ユウジの夢は「女の前でかっこよくオンザロックを飲むこと」という本当にクダラナイものでありやした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;んで、結局はワシのとこに泣きついて来た訳です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ある晩、ワシを自分のアパートに呼びつけると、奴はワシにこう言ったのでありやす。&lt;br /&gt;（以下は奴とワシの会話だす。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「どうしてもダメなんだ…俺、少しでも飲むとすぐに気持ち悪くなって吐いちまう。なぁ、お前しか頼める奴いないんだ。俺を酒の強い男にしてくれ！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「お前なぁ、それって体質なんだからあきらめろって…」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「イヤだ！お前だって最初からそんなに強かった訳じゃねぇだろう。なぁ、秘訣はなんだ？強くなる秘訣ってなんかあんだろうよ！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ん～ん、秘訣ねぇ…　無いな。まぁ、あえて言うなら、命がけで飲みまくることくらいかな…人間、死ぬ気になりゃなんだって出来るさ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（ワシは適当にごまかしてとっとと帰ろうと考えておりやした…）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「命がけで飲む…死ぬ気になればなんでも出来る…か…なるほどな…そうだよな…お前のいう通りだ。おし、やるぞ！俺はやる！必ずやる！だから今晩は俺に付き合ってくれ！頼む！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;土下座までされてワシは仕方なくしぶしぶ付き合うことに…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;数分後、ユウジはスーパーの袋を下げて帰って来るなり「おし、始めるぞ…」と気合いを入れて袋の中の物を猛烈な勢いで食い始めたのでありやす。　レーズンバター・フライドチキン・ポテトチップ…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「なにやってんのお前？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「胃に油分で膜を作るとアルコールの吸収が遅くなるんだ。モグモグ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;すべてを一人で食べ尽くすと、奴はおもむろに２本の瓶をワシの前に取りだしやした。　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;赤玉ハニーワインとウォッカを…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「俺、甘い酒なら飲めそうだからこっち。お前はウォッカね」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いや～な予感がしたんでふ…　と～ってもイヤ～な予感が…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、１時間後、その予感はみごとに的中することに…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いや、予想をはるかに超えた惨劇にその夜、ワシは遭遇することになった訳で…　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勢い込んでいた割に奴は超ビビリまくっており、いざ飲み始めるだんになって彼が用意したのは、「おちょこ」と「コップ」でありやした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もちろん自分用が「おちょこ」の方でふ…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「お前なぁ…　ワイン飲むのにこれはねぇだろうが…まぁ、いっか…」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ワシはあきれながらも、とりあえず飲み始めることにした訳でふ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;油膜作戦が功を奏したのか甘いワインがヨカッタのか、いつもならビールをちょびっとなめただけで死にそうな顔をする奴が、おちょこ２杯を続けざまに飲み干しやした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「お～っ、スゲェじゃん。人間やれば出来るもんだね～ぇ…」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「心頭滅却すれば火もまた涼し！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「なに訳の分かんねぇこと言ってんだか…」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「窮鼠猫を噛む！追いつめられた人間には恐いもの無し！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「誰もお前を追いつめてねぇし…」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ワシがウォッカをボトル半分ほど空ける頃には、さすがに奴もペースダウンし、おちょこ１杯飲み干すごとに「油膜…油膜…」と呪文のようにつぶやきながら牛乳でそれを流し込んでおりやした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;気づくべきでした…　その時点で奴を制止しとくべきだったんでふ…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（ん？なんだか急に静かになったな…）と、ワシが顔を上げると…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこには世にも恐ろしい生き物がおりやした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;右手に「牛乳パック」、左手に「おちょこ」を固く握りしめ、口を大きく開け、白目をむいたまま完全に「フリーズドライ」してしまった「恐怖の大王」が…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（こっ、こえ～ぇ！）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ワシは恐怖のあまり一瞬にして自分の中のアルコールが消滅していくのが分かりやした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（まさか死んでんとちゃうの？　や～よ、そんなん！）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ワシは恐る恐る恐怖の大王の側に近づいて行きました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どうやら呼吸はしているようでふ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（よかった～ぁ…　こんなんで死なれたらかなわんぜ…）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ワシはなんとか奴をベッドまで運び、横にならせやした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;５分ほど様子をみていたのですが、奴の状態にこれといった変化は見受けられなかったので、ワシはそっとバックレルことにしたのでふ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;帰り支度を整えて、ワシが部屋を出ようとしたまさにその時でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「うごっ…　ウゴッ…　」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;背後から奇妙な音が…　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;振り向いた時、今度はワシの方が固まってしまいやした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「エイリアン」でふ！ 今度は「エイリアン」がいたのでふ！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ベッドに横たわるユウジのお腹が「ウゴッ！」の音と共に異常なまでに膨張と収縮を繰り返しており、それはまさに映画の「エイリアン」で見た腹を突き破ってエイリアンが誕生するシーンそのものだったのであります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（こっ、こわ～ぁ！マジで恐過ぎるっす！えっ？えっ？え～っ？なっ、なに？一体何が生まれるの～ぉ！？）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;color: #00cc00;font-size: 1.4em;&quot;&gt;「んば～ぁ！！！！！」&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あなたは恐らく見たことがあるでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;泥酔した人が地面に向かって「滝」のように嘔吐している光景を…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だが、あなたは見たことがあるだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間の口から真上に立ち上る「華厳の滝」を…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いや、それは「華厳の滝」なんぞではない。あれは…あれは…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そう、例えるなら「ナイアガラ」…　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;何処かの国の天然パーマのメガネ豚が打ち上げた「テポドン」の様に、一直線に天へと伸びる「ナイアガラの滝」でふ！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、この地球には「引力」というものがあるのでふ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ニュートンのリンゴ」でふ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そうでふ…　打ち上げられたものは、「落ちて」くるのでふ…　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「んば～ぁ！！！！」の爆音と共に打ち上げられた「ナイアガラ」は&lt;br /&gt;信じられないことにアパートの天井で炸裂するとベッドに横たわる&lt;br /&gt;白目をむいた恐怖の大王めがけて降り注いだのでありやす。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そしてワシは、「レーズンバター」と「フライドチキン」と「ポテトチップス」と「牛乳」と「赤玉ハニーワイン」と「胃酸」の混じった素敵なニ・ホ・ヒを全身に身にまとった「恐怖の大王」にそっと両手を合わせ、その部屋を無言で出て行ったのでありやした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　めでたし・めでたし…&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>amasita</dc:creator>
<dc:date>2008-02-25T22:55:45+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://amasita123.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/o_9145.html">
<title>最高の女性　(*￣o￣)σ</title>
<link>http://amasita123.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/o_9145.html</link>
<description>（確かに美人だけど、ワシは良家のお嬢さんって苦手だなぁ… お前もきっと苦労すんだ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=600,height=600,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://amasita123.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/02/25/030_pastel_love.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;030_pastel_love&quot; height=&quot;100&quot; alt=&quot;030_pastel_love&quot; src=&quot;http://amasita123.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/02/25/030_pastel_love.jpg&quot; width=&quot;100&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;FLOAT: left; MARGIN: 0px 5px 5px 0px&quot; /&gt;&lt;/a&gt; &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（確かに美人だけど、ワシは良家のお嬢さんって苦手だなぁ…&lt;br /&gt;お前もきっと苦労すんだろうな…　やれやれ、ご愁傷様でふ…）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私の友人が彼女と結婚すると聞いたとき、正直、私はそう思っておりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼女は頭脳明晰で物腰の柔らかい、実に落ち着いた女性で、&lt;br /&gt;長身でスリム、長いストレートの髪をなびかせて歩くと&lt;br /&gt;必ず誰かが振り向く…といった、まるでJJモデルみたいな人だったんす。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ある晩、その彼女を連れて友人が私の家を訪れました。&lt;br /&gt;んで、３人で酒を飲んだ訳なんですが、このお嬢さん、意外にも酒豪。&lt;br /&gt;私と同じペースでウォッカをガンガン飲みまくるんす。&lt;br /&gt;（おいおい、なかなかやるじゃん…）私は心底感心しておりやした。&lt;br /&gt;そのうちに友人が先にダウン。&lt;br /&gt;私とお嬢さんは酔いも手伝って思いのほか話がはずみ、&lt;br /&gt;爆睡する友人を無視して良い気分で飲みまくっておったのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（ん～ん、第一印象と違って、このお嬢さん話しやすくていい感じの人だなぁ…）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私がそんなことを感じ始めているときでした…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「amasitaさん、私、酔ってしまいました。今夜は最高に気分がいいです。ちょっとジーンズが窮屈なので脱がさせていただきます」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;突然、お嬢さんがそんな突拍子もないことを言い放ったのであります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あっ、いや…　それはマズイと思うんすけど…」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;慌てて私が制すると、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「私、お部屋ではいつも下着も脱いでます。だから大丈夫。&lt;br /&gt;気になさらないで下さい。あはははっ♪」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（「あはははっ♪」って、アンタ、いくらなんでもそりゃ気にするでしょう！）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、戸惑う私をよそに、お嬢さんはTシャツと下着だけの姿になり&lt;br /&gt;気持ちよさそうにあぐらをかくと&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「amasitaさんもどうぞ脱いでお楽になって。あはははっ♪」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;っと、屈託なく笑って下さったりして…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さすが良家のお嬢様、やることが大胆です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;えっ？　私ですか？　私は小心者の貧民の生まれです。&lt;br /&gt;脱げる訳がありまへん…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;向かい合わせの位置から席をずらし、決して視線を彼女の顔から&lt;br /&gt;下げることなく、その後も頑張りましたよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;（確かに一瞬だけ目の保養はさせていただきましたが…）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あれ？　今回ここで書こうと思っていたのは、こんなことではない！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;話がどうにも本題に入れないな…　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まぁ、とにかく、そんな状況の中、このお嬢様から聞かされた話が&lt;br /&gt;実に面白かった訳で…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なんとも不思議なもんです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;普通、大して自分のタイプじゃない女性だったとしても、&lt;br /&gt;自分の目の前で女性が下着姿になったなら「オス」としては欲情するもんじゃないですか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それがですね、その晩の私の「暴れん坊くん」は自分のタイプの美人の下着姿を見ても、&lt;br /&gt;意外なことに「生真面目くん」のままなんです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自分でも（おりょ？我が息子よ。今夜はどうしたん？）と声をかけたく&lt;br /&gt;なるくらいにおとなしいんですわ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;んで、しばらく考えて分かったのは、どうやら私の「暴れん坊くん」は&lt;br /&gt;目の前の対象を「メス」としてではなく、デッサンのときのモデルと&lt;br /&gt;同等にとらえてしまったんですな。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今思うと、お嬢様があまりに整った体型をしていたせいじゃないかと&lt;br /&gt;おもうのですが、マネキン人形を目の前に置いているような気がして&lt;br /&gt;「欲情」のスイッチが入らないんですわ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;んで、（前をおっ立てたまま話をするくらいなら、このままの方が楽でいいや…）と、&lt;br /&gt;自分なりに納得して、その時は酔いに任せてくだらない会話をパンツ姿のお嬢様と続けておりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;お嬢様はこれまであまり私のような貧民の人種と接したことが&lt;br /&gt;なかったらしく、私の話すドジ話や馬鹿話を身をよじらせて笑いながら&lt;br /&gt;たいそう喜んで聞いて下さっておりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;二人の前に置かれたニコライ・ウォッカがそろそろ空になろうと&lt;br /&gt;していた時です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼女がこんな話をし始めたのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「amasitaさんって本当に楽しい方ね。私、こんなに笑ったことなんて&lt;br /&gt;今までにないんじゃないかしら。でもね、私だってけっこうドジなんです。聞いてくださる？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「いいっすよ～ぉ、なんでも話しちゃって下さい。酔っぱらい同士、&lt;br /&gt;今夜は無礼講で行きましょうや。でも、半端なことじゃ驚きませんよ～ぉ！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「これね、今まで恥ずかしくて誰にもお話ししたことがないの。&lt;br /&gt;でも、自分でもあまりにおかしくって、思い出すたびに笑って&lt;br /&gt;しまうのよ。よ～し、話しちゃおう！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「そうだ！話しちゃえ～ぇ！（ほとんど完璧に酔っぱらい状態）」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「大学の時のことなの。私、トイレに行ってもほとんど学校では大きい方をしたことがないの。&lt;br /&gt;普段は絶対に家に帰るまでは我慢しちゃうのね。でも、その時はどうしても我慢が出来なくて&lt;br /&gt;講義を抜け出してトイレに駆け込んだのよ。なんとか間に合ったんですけど、用をたして&lt;br /&gt;ふと見ると備え付けのトイレットペーパーがほとんどなかったの。&lt;br /&gt;慌てて来たから、自分のポーチも教室に置いてきたし…&lt;br /&gt;それで、どうしたと思います？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「わかった。パンツをずらしたまま隣の個室に移動した！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「そうなの！それをやったの！でも、ツイてない時って本当に&lt;br /&gt;ツイてないのね。隣りもやっぱりペーパーがきれてたのよ。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あらあら、それで？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「うん、仕方がないから、また最初の個室に戻ったんです。&lt;br /&gt;そっちの方にはペーパーの芯に一巻き分くらいの紙が残っていたから…&lt;br /&gt;でも、そんな量じゃ全然足りないじゃないですか。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「んだね～ぇ。それで？それで？（興味津々の酔っぱらい）」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「それで、そのわずかな紙を小さくたたんで頑張ってお尻を拭いたのね…　ぷぷぷっ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「な～んだ。それだけか…」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「違うの！ここからが本題。紙がね…やぶれたの。それで…　指が…　ぷぷぷっ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「えっ？　もしかして、突き破った？　やっちゃった？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「そう！　それで、指にウンチがついちゃったの！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あちゃ～ぁ！　やっちゃいましたか！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「そうなの。やっちゃったの！それで私ったら（うわ～ぁ！きたな～ぃ！）って、&lt;br /&gt;思いっきりウンチのついた指を振ったの。そしたらね。&lt;br /&gt;ペーパーホルダーの金属の部分にその振った指がカチンって当たっちゃったの！&lt;br /&gt;それで（痛～い！）って思って、思わずその指を口に…」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「入れたんすか！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「入れちゃった～ぁ！　あはははっ♪」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は彼女が大好きになりました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「最高の女性」だと思いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;風の噂によると、その後、友人は会社を辞めて彼女のお父上の会社で「次期社長」となる為の&lt;br /&gt;後継者修行をしているとか…&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;えっ？　どうしてその彼との交流をやめたのかって？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だって、友達の奥さんに本気になっちゃマズイでしょう？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は転職を機にその土地を離れ、新しい住所を彼には&lt;br /&gt;知らせておりませんのよ…　おほほっ♪ (-。-)y-&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>amasita</dc:creator>
<dc:date>2008-02-25T14:59:36+09:00</dc:date>
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